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サード・コンタクト ~成功って何だろう?~

 それにしても人間の心理というか、人間の性格というのは面白いものだ。同じ一つの種族なのにも関わらず極限状態に置かれた時の反応がまるで違う。絶望のあまり半ば狂ったように騒ぎ出す者や放心状態になる者、あるいはその中で最後に何かをしようとする者。私自身は後者に入るのだろう。しかし私の場合は単純に後者に入るという部類でもない。こういう状況になっているにも関わらず、何処かそれを客観視している自分がいる。自分自身を他人の行動のように見てしまうきらいがある。最後の日が来て彼女に会いに行こうと決めた時も、それを違うところから見ているもう一人の自分がいる

 なるほど私は最後の日にそういった事をするのか、といった具合に。元からそういう人間だとは分かっているつもりだったが、この後に及んでもそれは変わらないらしい。

「あれ? ちょっと……」

 私は一旦歩く足取りを止めて、すぐ隣にある大きな公園に目をやった。固まって植えられてある木々でよく見えなかったが、あれは……

 公園の中に入ってさっき見た場所へと歩いた。公園の中には中央から噴水が噴き出ている池があり、その周りを取り囲むようにしてブランコや鉄棒、ベンチなどが置かれていた。  

 やっぱりそうだ。私はブランコのほうに近づいて行き、一人で座っている男の目の前に立った。

「久し振りだな」

 男は一瞬その声に驚き、素早く顔を上げた。

「お前か、懐かしいなあ……大学卒業以来だな」

 そう言うと彼は立ち上がり、私たちは思い切り抱き合った。

 彼は学生時代私と同じ学部の友人で、いつも二人で学問や人生の事について話し会った仲だった。好奇心が旺盛で、行動力にも富んでいた。日頃から、卒業したら世界の色々な所へ行って仕事がしたいと言っていた。理系でありながら歴史や哲学にも強い関心があり、私に色々な事を教えてくれた。

 しかし卒業後は彼が国外へ行ってしまい、お互い社会人一年目の忙しさもあり、連絡が取れず関係が途切れてしまっていた。

「ずっと海外での生活だったのか?」

「そうだな、本当にずっとだよ。日本戻って来たのは今回が最初だ。今回の事を聞いて最後は日本で過ごしたいと思ってさ」

 二人はブランコがある場所から離れて池のすぐ前にあるベンチに腰かけた。

「でも報道以来、交通機関は全面的に停止してるはずだろ? どうやって戻って来たんだよ?」

「いや、俺は報道の前日に知ったんだよ。ちょっとしたコネがあってな……それよりお前のほうはどうだったんだ?」

 私は金融系の会社に就職しデスクワークに追われた日々の事や、近々婚約をする予定だった彼女がいた事などを話した。彼はそれをとても楽しそうに、興味深そうに聞いてくれた。

「大体こんな感じだな、俺の大学後の十年は。今度はそっちが話してくれよ。俺よりもずっと多彩で面白い人生を送って来たんだろ?」

 気のせいか、彼の表情がほんの少し暗くなったように感じた。私は彼がこんな表情をするのを始めて見た気がした。

「俺はさ、政府のODA開発援助機関の一員として世界の各国を周ってたんだ。大体は東南アジアからサハラ砂漠以南にあるアフリカの国々だったな。具体的な活動は現地での援助活動を観察する事だったから、一つの場所にずっといる事はなくて二、三カ月いたら次へ行くっていう感じだったんだ」

「望んでいた通りの人生だったじゃないか」

 それとは対照的に、私はこの歳までに一度も日本を出た事はなかった。いつか外国の地を踏んでみたいと思いつつ今日に至ってしまったのだ。

「そうなんだ。確かに望み通り世界の色々な所に訪れ、多くのものを見る事が出来た。日本の中にいちゃ体験出来ないこともあった。でもさ、残ったものが何も無いような気がするんだ」

「その色々な経験が貴重な財産なんじゃないのか?」

 彼は首を横に振った。

「そう言う人もいるけど、俺の場合はそうじゃないんだ。何だかずっと全力疾走しててさ、気が付いたら手には何も掴んでなかったって言うのかな、そんな感じなんだ」

 確かに彼は学生時代の頃からとても努力家だった。自分に厳しく、他の人が遊んでいる時も勉強をしているのが常だった。目標に対して一心不乱に突き進むタイプだ。

「それで気づいたんだよ。俺は今まで自分がするべき事に全てを注いでいて、自分がしたい事に対して全く目を向けていなかったんじゃないかって。もしかしたら俺が今まで無駄だと思って排除してきた欲望っていうのは、本当は生きていく上で不可欠なものだったんじゃないかって」

 彼は言っていた。レオナルド・ダヴィンチが「睡眠は無駄である」としたように、自分の目標から外れた欲望は不要なものだと。そしてそれは彼の哲学でもあった。

「さっきそろそろ婚約する予定だった彼女がいたって言っただろ。今日これから会いに行くところなんだよ。俺はここに来る途中で何人もの人に会ってきたけど、みんな色々な事をしてたよ。だけど俺にも彼らにも、それにお前にも言えるだろう事が一つあるんだよ……」

「みんな最後の日には自分が一番したいと思っている事をしている、ってことか」

「そうだよ、まあ一番したい事かどうかは置いといて、みんなやりたい事をしてる。お前だって最後は日本で過ごしたいと思って戻って来たって言ってたろ」

 街中で好き放題騒ぎ立てていた連中、かつての彼女に再び想いを伝えようとしていた高校生。

「お前の言う通りだな。多分、俺は自分の人生の結論を出したかったんだと思うんだ。俺の人生はこれで良かったのかって。いや、これで良かったと思いたいんだろうな。だから俺自身のルーツである日本に戻ってきて、俺の故郷のこの場所に戻って来たんだ。ここはさ、俺が昔よく遊んでた公園なんだ」

 彼は立ち上がると池のほうへ歩み寄った。そしてこっちに来るように手招きをすると、池の中を眺め始めた。そこには数匹の魚が泳いでいた。

「よくここの魚を眺めてたんだ。それでその度に思ったんだ。ここにいる魚は一生をこの狭い世界で過ごして終わるんだなって。俺はこうはならない。広い世界で生きていきようって」

「井戸の中の蛙、大海を知らず。か」

「ずっとそう思ってた……」

 気がつくと辺りはうっすらと暗くなり始めていた。太陽は辺りの建物に邪魔されて見えなくなり、影が少しずつ闇に溶け込んでいく。

「イマヌエル・カントって分かるか?」

 確かドイツの哲学者だ。近代哲学の最高峰の一人だと聞いたことがある。

「カントを評価した言葉に『ロベスピエールはたかだか国王の首を切り落としたに過ぎなかったが、カントは神様の首を切り落とした』っていうのがある。その哲学は他に類を見ず、ひと時代もふた時代も先を行っていた」

 懐かしい。学生時代に戻ったかのようだ。彼はこういった感じで私に教えてくれていたのだ。

「そんなカントはその一生を通して、自分の生まれた村からほとんど離れた事がなかったんだ。そして東プロイセンを出たことは一度もなかった。十八世紀、最も先進的な哲学を持っていた男は、井戸の中の蛙だったんだ」

「大事な事は世界を跳び回る事じゃないって言うことか」

「どうなんだろうな。ただ、井戸の中の蛙大海を知らず、にはまだ先があるんだ。井戸の中の蛙、大海を知らず。されど空の深さを知る。もしかしたら物事をもっとじっくりと見るってことなのかな、俺に足りなかったのは」


 

 家の中の明かりがカーテンの隙間をぬってこぼれてくる。電灯の周りには光を求めて虫が寄って集まっていた。人口の太陽に誘われて、影が再び姿を現して人間の後をつけてくる。私は細長い影を踏みつけながら、袖をめくり時計に目をやった。七時半を過ぎていた。ちょっと遅いな。歩くペースを少し上げると、さっきの公園での事を考え始めた。

 もしかしたら、あいつは幸せだったのかも知れないな。確かに自分の人生に満足はしていなかった。だけどあいつは結局の所、最後の最後まで自分の根本的なスタイルを貫き通していた。自分が理想とする人間像に一切の妥協なしに追求していく、ということ。

 満足する事が人生における最大のテーマじゃない。良い映画を見た後に必ずしも満足するわけではないのと同じだ。もしかしたら少しばかり疑問を感じながらの最後かもしれないし、ひょっとしたら憤りを感じているかもしれない。それらは単なる感想でしかないのだ。

 人生における成功。いや、その人にとっての幸せという事に関して、誰にでも当てはまる共通項は一切ない。それらはあくまでも相対性の中にある。ただ私から見たあいつは幸せだと思う。人生の終わりに来てもなお、決して自分を見失わない。最後まで全力で自分と向き合う。

 あいつ自身は、私の意見に反対するかもしれない。自分は幸せにはなれなかったと。ただそれはあいつ自身の見かただ。見る角度が違えば、見え方が違って当然だ。そしてどの角度から見ようとそれは真実だ。私から見たあいつは幸せだった、それだけだ。そして……


 それが何よりも素晴らしい事だと思う。












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