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ファースト・コンタクト ~一日の始まりに~

 ビビッ、ビビッ。七時三十分、アラームの音で目を覚ました。ベットから降りて窓のカーテンを開ける、今日も外は良い天気だった。平凡な一日の始まりだ。

 

 ただ唯一違うのは今日が「地球最後の日」だと言うこと。

 

 三日前、突如テレビニュースで巨大な隕石が地球の周回軌道上に現れこのままいくと衝突するという報道があった。人々はパニックになり、各国の政府はあの手この手で衝突を回避する方法を模索した。

 

 だが、結局それらは失敗に終わり今日を迎える事になってしまった。報道以来、十年間務めていた私の会社は停止状態になり、私はいちサラリーマンから突如ニートに変身してしまった。今年で三十二歳になり、そろそろ結婚をと考えていた矢先だった。

 

 相手は同じ部署の後輩で三つ年下の女の子だ。五年ほど前から付き合いだしていて、彼女も今年で二十九。三十路になる前に結婚したいと常日頃から言っていたので今が頃合いと思っていた。そんな思いもあの隕石が見事、打ち砕いてくれた。いつも通り昼の休憩時間に食堂で仲間社員と話していると、部長が神妙な面持ちで入ってきてニュースの事を伝え、会社の業務停止を発表してきた。

 

 周りは一気に戦場にでもなったかのように、大声でわめくもの、部長に何度も問いただすもの、携帯のテレビでニュースを確認するものとでごった返した。奥のほうで仲の良い女性社員たちと食事をしていた彼女を見てみると放心状態で気を失っていた。

 

 以来、彼女とは音信不通だ。メールをしても電話をしても繋がらない。どうやらショックで家に引きこもっているらしい。今日はこれから彼女の家に今から行こうと思っている。人生最後に見た彼女の姿が放心状態ではバツが悪い。

 

 いつもなら山の手線で一本乗り継いで二十分くらいで行ける場所なのだが、もちろん電車は運行していない。バスもタクシーも。それだけではない、世界中のありとあらゆる店が閉店だ。全く、年中無休の名が泣く。要はお金に何の価値もなくなった。私は昨日、財布を川に投げ捨ててきた。周りでも何人も私と同じことをしていた。十年間これの為に働いてきて最後には投げ捨てるはめになるとは。


 外に出るとやはり良い天気だ。抜けるような青空には雲ひとつなく、遮るもののない青さは人の心を少し不安にさせるくらいだ。アパートの階段を降りるとお年寄りの方がこちらに向かって軽く会釈をしてきた。下の階に住んでいる人で、私が東京に出てきた学生時代にいろいろと世話になった人だ。


「何だか実感が湧きませんね。今日が最後の日だなんて」


 私は目を細め手で日差しを遮りながら近づいて行った。


「全くだよ。何をしていいのやら。この歳になるといつが最後にかるか分からんからその時が来たらどうするかを考えていたんだけどね。まさかこういう形になるとは…。君のほうはどうするんだ?」

「僕は彼女の家に行こうと思ってます。やっぱり最後には一緒に居たいですし」


 いつも朝出勤する時に会うと、こうして少し談笑をするのだが今日もそれは同じだった。ただ、この人とこうして話すのも最後だと思うと妙に切なくなって来る。向こうも恐らく同じ事を考えているだろう。一言ひとことがゆっくり流れていくように感じる。


「君ももうそろそろ婚約をと言っていたから、私も楽しみにしていたんだけどね。残念だよ」

 

 そう言えばこの間話した時、彼女に会ってみたいという話しをしていた。私としても、こっちで父親代わりのような存在になってくれたこの人にそろそろ紹介したいと思っていた。


「彼女もこの事で大分、精神的に落ち込んでいる様子でして。最後に少しでも元気づけて上げられれば良いのですが」

「そうか…。突然の出来事だったからね。それに彼女のほうも楽しみにしていたんじゃないかな?もうすぐ君がプロポーズしてくれるのを」

言われてみれば最近の彼女は会うたびにどこか嬉しそうだった。私にはどうしてか分からなかったのだが、確かに結婚の話しをちらほらし始めていた。


「そうだ。結婚式で君に渡したかったものがあってね。ちょっとここで待っててくれないか、今取ってくるよ」


 そう言うと駆け足で家の中に入って行った。もう七十を超えているというのに軽快な足取りだ。私が初めて会った時から今までほとんど歳をとっていないようにさえ感じる。とにかく元気な人でつい数年前まで会社勤めを続けていて、奥さんが病気で倒れて看病のために辞めたほどだ。


「去年、妻が亡くなる時にこれを君にとね」


 戻って来るとその手にはペンダントが握られていた。私に手渡すと中を見るように言った。


「アポロ十三号の月面着陸の絵ですか」

 

 てっきり二人で撮った写真か何かと思いきや、何処でも売っていそうな絵だった。


「妻は宇宙の事を話すのが大好きでね。昔、まだ私たちが付き合い始めて間もない頃、アポロが月に行ったというニュースにくぎ付けだったよ。いつか自分も月に行ってみたいと事あるたびに言ってたよ。このペンダントは結婚して初めてのクリスマスで妻にプレゼントしたんだよ、いつか本物を見せてやるってね。結局連れて行ってやれなかったけどね」


 学生時代によく家に招かれて食事をさせてもらった時、奥さんが宇宙の話しを楽しげにするのが思い出された。私も大学では物理学を専攻していて宇宙の話しが好きだったので、盛り上がることが多かった。


「妻は自分は月には行けなかったけど、君たちの生きる時代ならもしかしたら行けるかもしれないって言ってたよ。そしたらこれを月に置いてきてほしいってね。私たち夫婦が行けなかった場所に君たち夫婦で行ってきてくれとね」

「結局、僕の生きる時代も残りわずかでしたね」


 あの隕石は亡くなった人の希望まで打ち砕いていた。ペンダントを閉じてポケットの中にしまった。


 「人生何があるか分からないものだね。でもまだ君はやる事があるんだ、今はその事だけを考えればいいじゃないか」


 顔には笑みが浮かんでいた。とても安らぐような落ち着いた笑顔だった。


「そうですね、まだ一日残っているわけですしね。じゃあ、そろそろ…」


 彼はゆっくりと私のほうに歩みより、そして抱擁した。


「君に最後の言葉を送るよ。『地球最後の日が来たとしても、私は今日リンゴの木を植える』マルティン・ルターの言葉だ。お互い、最後に自分の木を植えてこよう」


 ゆっくりと抱擁を解き、そして歩き去っていく。数十メートルほど歩いて、私は一度だけ振り返った。そこにはもう彼はいなかった。

 

 


最近投稿はじめたばかりです!


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