ゲーム
私はゲームがとても苦手だ。後先考えて行動できないから。そうしてすぐにゲームオーバー。積み重なったフルーツたちが容器に入り切らず爆発する。上手く整理整頓できない。
あれはここ、これはここ。みかんとみかんをくっつけると合体して梨になる。そうしたらちょっとスペースができるし、スコアも上がる。彼はそんな作業がすごく得意だ。きっと何事も後先考えて行動している。女子の何十倍も計算高い人だと思う。
デートの時だってそう。家に誘うためにゲームの話をする。
「んでさ、今朝2000点とったんだよね」
私はすかさず思考を読む。
「へー!すごい!私もそのゲームしたいなぁ」
コミュニケーションってきっとこういうことを言う。
「じゃあこの後しにいこうか」
この『しにいこう』の対象は、ゲームじゃない。そんなの、お見通し。
ふわふわのパンケーキを食べ終えたら、さっそく向かう。
私からしたら行く道で、彼からしたら帰り道、歩きながら、私たちはずっとゲームの話をする。
「あのゲームにはコツがあってさ、」
うんちくをひたすら聞いている。全然興味なんてないけど、うんうんって聞くと喜ぶから、私はオーバーリアクション。
気づいたら家に着いてしまった。
ゲーム機を持って、さっそくフルーツを積み上げていく。バラバラな果実を支離滅裂にゴロゴロと積み重ねる。モザイクみたいになってしまって、統一感なんてまるでない。何も考えずにただ積み重ねただけの、汚い作品。
「へったくそだなー」
彼氏がゲラゲラと笑う。
私はすぐにゲームオーバー。
次は彼氏にゲーム機を渡す。次々とさくらんぼとさくらんぼをくっつけていちごにし、いちごといちごをくっつけてぶどうにしていく。そして私にはよく分からない位置にフルーツを置いて、いつのまにかスコアの高いフルーツを作り出している。
ゲームに夢中の彼氏。私はなんだか放置されている気分になった。
彼のスコアは1200。ゲーム機が私に手渡される。カチャカチャと果実を積み上げていると、彼は甘い声を出してきた。さっきまであんなに冷たい声でゲームの話ばかりしてたのに。そういう気分になると、すぐに甘えようとかわいい声を出す。
彼の体が私に接近してくる。適当に積み上げる速度が早くなる。早くゲーム機を手放して、彼との間にこの腕を置きたい。そうすれば彼からちょっと距離を取れる。やっと容器が爆発した。私は素早くその手を置いて、彼から距離をとりゲーム機を渡す。
よくよく考えてみたら、今日、彼とはゲームの話しかしていない。クリスマスの予定とか、次行く旅行の話とか、色々話したいことはいっぱいあったのに。彼はゲーム機を受け取ると、とたんにポンポンとゲームを進める。さっきまでの甘い声も、もちろん忘れてはいないみたいで、ちょくちょく体に当たってくる。私とのクリスマスより、私との旅行より、目の前のゲームとセックスの方が大事なのかな。
彼のスコアは1500。
次は私の番。
あぁ、思った通り。ゲーム中彼は私の胸を触ってきた。甘い声で囁き続ける。甘えないでよ。男らしくいてよ。そんな時だけ、私のことが好きだとか呟く。体目的なんじゃないの?
彼を押しのけようとした時、なにか硬いものが手に当たった。悪寒。
フルーツはどんどん積み重なる。まだスコア500もいってない。胸をまさぐる手はどんどんと激しくなっていく。
シャツのボタンを上から次々と開けていく。キスもなしに、私の領域に入ろうとする。
「ねぇ、邪魔なんだけど」
笑いながら言ってあげた。
「俺ならこんな風にされててもスコア1500は行くぜ?」
彼の息遣いが激しくなる。はぁはぁ、むさ苦しい音が聞こえる。やめてよ。やめてよ。
あぁ、だめだと思った時に、容器が爆発した。
果物が粉々に砕け散り、容器の外側に舞う。透明の混じったピンク色のいちごの汁が種と一緒にぐしゃりと潰された。メロンはグロテスクに裂け、痛々しく黄色の果肉を顕にした。
気づいたら私はゲーム機を投げ捨て、彼を蹴飛ばし、その場に立ったまま意味不明の言葉を叫んだ。色んな感情がぐちゃぐちゃとミキサーにかけられて口の中が苦かった。今すぐここから飛び降りてしまいたい。あ、けどここは2階だから死ねないや。そんなことを思った時、何ヶ所か壊れてしまったゲーム機がテレビにつき刺さっていることに気づいた。液晶画面は粉々に砕け、ゲームのBGMが不協和音になってて気持ち悪い。急に全てが怖くなって、ぐらついた世界にただ立ちつくす。彼は今、どんな顔をしているのかな。肌の感覚は完全に失われ、今彼がどこに触れているのかわからない。
恐る恐る前を見ると、暖かなその手は私の頭の上にあった。
「大丈夫だよ。僕は、どんな君も、愛しているんだから」
急に涙が止まらなくなった。声をあげて泣く。
私はどうしようもなく整理整頓が苦手だ。
彼にぎゅっと抱きついた。
彼はそれを受け止める。
ゲームなんかは始めずに、ただ私を受け入れる。
彼の温かさで感情と感情がくっついて、そして容器の中に収まるくらい、小さく小さくしぼんで行った。
私はやっぱり心の底までも彼に整理整頓されてしまうのだった。