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08.買い物デート、午後

 ここまで来てハンバーガーというのもアレだったので、ファミレスにする。僕はビビンバみたいなものを、幸希はドリアを注文し、それぞれ食べる。


「美味しい」と僕は言う。


 幸希はごはんの話をしていないんだろう、「楽しいね」と言う。


「楽しいならよかった」


「豊はもう疲れたでしょ」


「そんなことないよ」だいぶ疲れているけど。同じ店を何往復もする作業に僕は慣れていない。「お昼からは幸希が本当に欲しい服を選ぶんでしょ?」


「もういいよ」と幸希。「このワンピースで満足した」


「え、でもその服は幸希好みじゃないし、勇馬も気に入るかわかんないよ?」


「どうでもいいよ、そんなの」


「えー……」


「豊は好きなんでしょ?これ」


「僕は好きだけど……」


「じゃあいいよ」と幸希は微笑む。「私チョイスの服は、また今度買うことにする。そのときはまたいっしょに来てよ」


「うーん……」


「嫌がってるし」


「幸希、厳選しすぎなんだもん。おんなじ店、何回行き来するのさ。おんなじ店で、おんなじ服ばっかり見てるんだもん」


「女の子なんてそんなもんだよ」


「そんなもんなんだ……」ゾッとする。


「女の子と付き合うの、余計にうんざりしてきた?」


「幸希だから僕はついてきてるけど、他の女の子だったらもう帰ってるよ」

 友達だからこそ、幼馴染みだからこそギリギリ辛抱できる、といったところだ。


「そんなことしないクセに」と忍び笑いされる。「優しいんだから。あんたは」


「優しくなんてないよ」僕はコップの水を口に含む。「勇馬とはデートしないの?」


「んー? しない」


「しないの?」


「いや、まあ……たまにするけど」


「なんでそこで嘘つくのさ」と僕は笑ってから、「勇馬はこういう買い物にいつも耐えてるの?」と訊いてみる。


「こういう買い物はいっしょにしたことないかな」


「そうなんだ?」

 まあ、相手に与えるダメージが深刻だからね。彼氏をこういう買い物に呼んだりはしないか。


 幸希も「勇馬じゃ耐えられないでしょ」と言う。


「どうだろうねえ」勇馬はなんでもできる人だけど、こういうのには向いていないかもしれない。あるいは案外、心を無にして耐久するかもしれないけれど。どうかな。上手く想像できない。「……そしたら、お昼からどうする?」


「帰ろっか」と幸希は言う。「あんたをあんまり連れ回しても可哀想だし」


「うん」


「今日は来てくれてありがと」


「ううん……」僕は「まだ遊べるよ」と言っている。


「無理しないの」と笑われる。「顔、メッチャ疲れてるから」


「でも」なんか今日は、幸希のいろんな姿を久しぶりに見た気がして、僕はそれをもうしばらくだけでいいから見ていたいのかもしれない。鷹座に来るからっておめかししたり、服の優劣を延々と小難しい顔して悩んだり、真っ赤になって恥ずかしがったり、思いきり笑ったり……そんな幸希を、僕はいつから目にしなくなっていたんだろう? 今、僕は、なんだか遠い昔に戻った気分で懐かしい。いや、中学生のときにも小学生のときにも幸希とこんな場所へ遊びに来たことはないんだけれど、それでも。それでもなのだ。「僕、疲れてるかもしれないけど、いま楽しんでるからさ」


「…………」僕の言葉が意外だったのか、幸希は目を見開いてから満面の笑みを浮かべる。「私も。楽しいよ」


「知ってるよ」

 だって、生き生きしてるもん。なんだか眩しいほどに。


「豊」


「うん?」


「んーん」と首を振る幸希。「なんでもない」


「そう?」


「うん。ごはん食べたら、本屋さんでも行く? 本に囲まれれば、豊も少しは回復するんじゃない?」


「いいけど、今度は幸希が退屈しちゃうよ」


「彼氏の趣味にも付き合ってあげなくちゃダメでしょ?」


「彼氏じゃないから……」って僕はなんで赤くなっているんだろう。あれ? 本当になんで赤くなるんだ? なんか変だな。そんな冗談で赤くなるはずないのに。顔がホカホカする。疲労感で調子が落ちてきているんだろうか?


 少し戸惑いながらもお会計を済ませ、本屋へ行く。本屋は絶対に幸希が退屈するだろうから僕は早めに切り上げて雑貨屋などに移動する。雑貨なら幸希も興味があるだろうし、僕も僕で退屈はしない。一通り見て回ってから『VVVIROW』をあとにし、今度は駅地下の店を二人で見学する。


 幸希はずっと笑っていて、何かから解放されたかのように自由で、僕にイタズラもしてこないから、一瞬、実は別人なんじゃないのかな?と疑ったくらいだった。それくらいに幸希は幸希じゃないみたいだったけど、この幸希こそが僕の幼馴染みの、僕が大好きな幸希だ、という感じがした。


 夕方前に今度こそ帰ろうかという話になり、僕達は地下鉄のホームへ行く。休日の明るい時間帯なので大変混雑している。次の電車に乗ることができるんだろうか?というほどだった。


「ホントに楽しかったね」と幸希が言う。「毎週遊びに来たいぐらい」


「毎週だったらさすがに飽きちゃうんじゃない?」


「飽きたらまた違うとこで遊べばいいじゃん」


「なるほど」

 幸希と毎週遊ぶような生活サイクルか、とぼんやり思う。それは、もしかしたらありえたかもしれない可能性のひとつだった。もしも中学校時代に何も起きなければ、もしかしたら。


 ホームに電車が入ってくるが、ここまで来た乗客は鷹座で降りる者がほとんどなので、車両はいったんほぼほぼ空席になる。なので、なんとか乗り込むことができた。もちろん座ることは叶わず、ぎゅうぎゅうの車内であることも予想と違わなかったけども。


 僕は普段、出歩くにしても町内で、電車なんか使わないからあまりの人混みに気圧される。通勤ラッシュの絵面などはテレビでも見かけたことがあるものの、実際その渦中に含まれると、なんだかものすごい迫力を感じる。他人が壁みたいだ。


 電車がちょっと揺れると他人の壁が傾いてくる。「いたた……」と幸希が呻く。


 僕と幸希は向い合わせで突っ立っている。「大丈夫?」


「守って」と言われる。


 僕みたいなのに『守って』は皮肉が利きすぎているけれど、そんな志じゃダメだ。幸希くらいは守ってあげないと話にならない。守らないと。守りたい。


 またガクンと車内が揺れたとき、人が波のようになる。幸希も僕の方へ弾かれてくるが、僕はそれらの衝撃に乗じて、幸希を出入り口付近の壁へ押しやる。漫画か何かで見たことがある。この状態で僕が防壁になれば幸希にぶつかってくるものは存在しなくなる。


「やればできるじゃん」と褒められる。「格好(カッコ)よ。ありがと」


 僕はまた赤くなってしまう。「ねえ、幸希……」


 再三の一揺れがやって来る。この電車はよく揺れる。他人の壁がグイグイと僕にアタックしてくる。これ、僕が潰されたら意味ないんじゃん……。僕は車両の壁に手をつき、腰を落として耐える。


「頑張れ、頑張れ。援護してあげよっか?」などと幸希は楽しそうだ。僕の胸部 を両手で押し返し、他人の壁に対抗しようとする。「……あれ?」


「あ」たぶん、心臓がドッキドッキしているのを、胸部に触れられたことで悟られた。僕は昼頃からずっと体がおかしい。「う、うわっ!?」


 追撃のもう一揺れで僕は押し込まれる。幸希も僕と壁に挟まれて「ぐえ」と女の子らしからぬ声を漏らす。


「わ、ごめん! 大丈夫!?」


「あは……大丈夫。ちょっと掴まってていい?」


「う、うん。いいよ」


 幸希が僕の腰辺りに腕を回すので、僕も幸希の肩を強く抱く。車内は混雑しているし、頻繁に揺れるから……ということにして幸希を強く抱きしめるが、それって関係ある? 僕は何をしているんだろう? 動悸は前々からすごかったけど、呼吸も甚だしく乱れてくる。


 僕の異変に、幸希だって気付かないはずがない。

「……豊? 大丈夫?」


「だい、大丈夫……」


「どうかした?」


「ううん……」

 僕は幸希を抱き寄せてしまっているが、これは揺れの衝撃から守ることに繋がるんだろうか?


「……もしかして、可愛い服着てるから興奮してる?」


「…………」


「私には似合わないけど、服自体は可愛いもんね」


「……似合うよ」と僕は掠れた声で主張する。「似合ってるって」


「ホントに?」


「本当に」


「服があんたの好みすぎるから、似合って見えるだけじゃなくて?」


「違う……」


「じゃ、可愛い服が似合ってるから興奮してるんだね」


「…………」服が可愛いから? たしかに僕の推し服は可愛いけれど。「……幸希が可愛い」


 末田駅のホームに電車が停まる。僕達のすぐ横で出入り口が開き、人が乗り降りして入れ替わるけど、総数に増減はあまりない。再び電車が走り出す。次が芳日駅だ。


 幸希の腕が僕の脇腹辺りまで上がってくる。さっきよりも強い力でくっつかれる。「豊」


「ごめん」僕は謝る。「変なこと言ったね。ごめん」


「ううん」幸希は僕の肩に顎を乗せ、そこで首を振る。「もっかい言って」


「や、無理……」


「言って」


「ダメだって……」


「やっぱり服が可愛いだけなんだ?」


「違うって」僕は言ってしまう。まるで、本当は言いたいかのように言ってしまう。「幸希が可愛いんだよ」


「豊、豊、豊……」と幸希が僕の耳元で何度も僕を呼ぶ。それから、僕の首筋に唇を当て、小さく舌を出して僕を舐める。


 僕の体は、今までと異なる反応を示してしまう。幸希に対して、今までしたことのないような反応だ。「ねえ、幸希」


「なに? やめてあげないよ?」


「今日、なんであんまり僕に触れてこなかったの?」


「えー? ふふふ」小悪魔的に笑われてしまう。「意識してんじゃん、豊。たまに全然触らなかったら、豊、どう思うかなーって、試した」


「…………」なんだよ、それ。僕は幸希の手の平の上で踊らされていただけだった。「ちょっとだけ、嫌われたのかと思った……」


「あはは。そんなわけないじゃん」幸希は舐めるのをやめ、僕の耳に口付けする。そのまま囁く。「ずっと、嫌いになんてならないよ。可愛いんだから。ホントに可愛い男の子だね、あんたは」


 幸希が僕の耳元から離れ、体も少し離し、今度は僕を見つめてくる。顔が近くて、あ、来る、とぼんやり熱っぽく考えていると、幸希の唇が僕の唇に触れる。僕は勇馬の顔を思い出しながら、幸希から離れなくちゃと思うのに、思うだけで、何もせずずっと幸希と唇を合わせている。幸希の柔らかくて熱い唇が、ずっと僕に触れている。二回目のキス。今回は、幸希の感触をしっかりと感じることができた。


 電車が芳日駅に到着する旨をアナウンスが伝えてくる。キスしたまま「幸希」と僕は幼馴染みを呼ぶ。


「次の駅まで行きたい」と幸希が言う。「降りたくない」


「わかったよ」と僕も言っている。


「豊」


「……なに?」


「秘密」


「え……?」今日のことは秘密ってこと? それとも……。「どういうこと?」


「秘密は秘密だよ」


 電車が芳日駅を出発する。これ以降、僕達が降りるべき駅はない。僕は小心者のクセに、他人の目も憚らず幸希とキスをし続けてしまう。

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