05.お泊まり会、夜
やり直しのお泊まり会は、思いのほか早く開催される。ゴールデンウィークに勇馬は家族旅行へ出掛ける予定だったんだけど、それを両親だけで行かせて自身が残ることで有寺家を自由に使えるようにしたのだった。なので、今回のお泊まり会は勇馬の家で催される。コンビニで雑に食糧を調達してきた前回とは異なり、今夜は勇馬がしっかりとした鍋を用意してくれる。もう五月だし、もう凍えそうな季節ではないものの、それでもまだ充分に鍋は食欲をそそってくる。
今回も翌日が休みなのでどれだけはしゃいでも問題ない。僕達三人は学校を終えて、泊まる準備をして有寺家に集合し、早々と鍋をつつく。
「やっと開催できたな」と勇馬は嬉しそうだ。「この間は最悪なタイミングで中止してスマンかった。その代わり、今日はメシを豪勢にしたからな」
「これはいいよ」僕も嬉しい。「みんなで食べれるから楽しいよね」
「俺んちだってことは忘れて羽目を外しまくってくれや」
「わーい」と騒ぐ僕の向かいに、勇馬と幸希が並んで座っている。勇馬は見るからに楽しそうだけど、幸希は借りてきた猫みたいな顔をしている。もともと猫っぽい顔だが、借りてきたみたいだった。「幸希も。ようやく三人でお泊まり会ができるんだよ? もっとテンション上げなよ」
幸希は引き気味だ。「豊、あんたはホントに三人揃ってる状況が好きだよね……」
「そりゃそうだよ。誰が欠けてもダメなんだから」と言いつつ、でも勇馬と幸希は恋人同士だから僕ぐらいなら欠けてもいいんだろうか?と思うけれど、振り払う。「僕は幸希にも勇馬にもいてほしいよ」
「そうだな」と勇馬も頷く。「俺達は三位一体」
「三位一体!」
「はあ」と幸希。
勇馬が幸希を見遣る。「豊の言う通りだぞ。幸希もテンション上げろよな。つまんないだろ」
「はいはい。上げるよー」と平坦なトーンの幸希。
「あーんして」と勇馬が幸希に向かって口を開ける。「彼女っぽく、あーんってしてほしい」
「はあ?」と幸希は顔をしかめる。それから僕を一瞥する。
僕は、勇馬と幸希の恋人らしい姿を見れそうで楽しみで仕方ない。あーんだって。ニコニコしてしまう。「僕のことは気にせず、どうぞ」
「豊のことは気にせず」と勇馬も幸希に言う。
幸希は「はあ」とため息をついてから、「はいはい」とつぶやき、鍋の中から豚肉をピックアップする。それを「はい、あーん」と勇馬に差し出す。
勇馬も「あーん」と言いながら豚肉を食べさせてもらう。「うおお、美味い。あーんの豚肉は美味いな!」
「よかったね」と僕も満足する。
「豊も」幸希は次いで白菜を箸で摘まみ、「ふーふー」と少し冷ますように吹いてから、「あーん」と僕の方に向けてくれる。
白菜は好物だったけど「僕はいいよ」と遠慮させてもらう。勇馬と幸希の仲良しの余韻が台無しになる気がしたのだ。
「いいから」と幸希がさらに白菜を僕に近づけてくる。「テンション上がってないのは豊の方なんじゃない? あーんしてもらえたら、受けるのが普通でしょ」
僕が勇馬を窺うと「ノリ悪いぞ」と笑われてしまう。
気を遣ったのに……。僕は仕方なく「あーん」をして幸希から白菜をもらう。うん。白菜はやはり美味しい。
「ん、よしよし」と幸希が機嫌よさそうにしてくれるので、まあいっかと思う。
鍋を空っぽにして、お風呂を済ませる。最初、「三人で入るか?」などと勇馬が冗談を言っていたが、そんなに浴室は広くないし、まあいろんな意味で現実的ではないので、幸希、僕、勇馬の順で個別に入浴する。
それから勇馬の部屋へ行き、布団を敷く。三枚の布団をぴったりと並べる川の字のフォーメーション。最初は左から、僕、勇馬、幸希の並びだったんだけど、今度は幸希が「両手に花がいい」と言い出して真ん中に陣取る。僕達は花か? わからないが、まあ幸希の気が済むならなんでもいい。
高校の授業についていけているかの話をし、今のところ大丈夫だと確認し合い、それから部活の話をする。僕と幸希は部活動に入るつもりはなかった。勇馬は迷っているふうだったが、僕達が入らないんだったら……と自身も入らないことを選択したみたいだった。でも勇馬は卓越した運動神経のこともあるし、何かスポーツをやっておいた方が絶対にいいと僕なんかは思うんだけど……しかし僕が勇馬だったとしても、三人いっしょにいたいから部活はあきらめただろうし、もったいないなと思いながらも、僕は勇馬の判断が嬉しい。高校でもやっぱり僕達は三人でいられるのだ。
最初はおのおのが適当な場所に座って会話をしていたんだけど、誰からともなく布団に入り込み、いつしか寝転がった状態での語り合いになる。修学旅行っぽくていい。僕個人は修学旅行の夜にこういう語り合いに参加した経験はないんだが、憧れだったし、この雰囲気はやっぱり高揚するものがある。
勇馬が語っている最中、隣でずっと幸希がモゾモゾ動いていて、布団の中で何をしているんだろう?と不審に思っていたら、僕の布団の方に幸希の手が入ってきて、僕の手を探し、握る。僕は、あ!と思い手を引っ込めようとするけれど、相変わらず力が弱くて幸希から逃れられない。幸希は僕の手指をぎゅっと掴むようにする。
勇馬の話に集中できない。僕は抗議の視線を幸希に向けるが、幸希は僕のリアクションをニマニマと面白そうに窺っている。さっきからわりとずっとムスッとしていた幸希が楽しそうだったので、僕はつい安堵して微笑みを浮かべてしまう。いや、だって、幸希は幸希で、男子二人と女子一人の比率だとやりづらいのかな?と僕はさっきから少し心配していたのだ。でも幸希はイタズラしているときは楽しそうで、このイタズラはよくないイタズラなんだけども、僕としては幸希もそれなりに楽しんでくれているようで何よりなのだった。
幸希は僕の微笑を意外に感じたのか、目を丸くし、それから改めて微笑み返してくる。僕の手を握力強化ボールみたいにしてグニグニと揉んでくる。勇馬の話に耳を傾けるべく幸希のことは好きにさせておくと、しまいに幸希はこちらに寝返りを打って両手ともを僕の布団に入れてきてマッサージを始めてしまう。いや、明らかに不審だし勇馬に気取られたらどうするの?と僕は顔を少ししかめて見せることで幸希に注意換気するのだが、幸希はどこ吹く風。僕の手の平を指圧したり、手首をくすぐってきたり、隠す気がないのでは?というほどにいろいろ触ってくる。
さらには僕の手の甲に何やら文字まで書き始める。勇馬の話を聞きたいのに、幸希が人差し指で書いてくる文字にも自然と意識が行ってしまう。『お』、『ま』……と来て、次は『え』とかかな?と予想してみるけど、三文字目が来ない。二文字で終わってしまう。なんだよ。幸希を見遣ると、やっぱり幸希は笑っていて、ようやく僕の方から体を背けてくれる。でも片方の手は繋いだままだ。
消灯後も幸希は僕の手を握り続けていて、勇馬がこれを見たらどう思うんだろう?と想像すると汗ばんでくる。勇馬は嫉妬し、怒るんだろうか? それとも「仲いいな」と笑ってくれるだろうか? わからない。勇馬が僕達に怒るという場面を僕はなかなか思い描けないんだけど、さすがに恋愛のこととなると勇馬にも熱気が湧くだろうか?
消灯したからか、三人ともだんだんと口数が減り、就寝モードに入っていく。僕は幸希に手を握られているのもあってなかなか寝つけそうにないが、体から力を抜き、眠ることに努める。
頭を空にして、ぼーっとしていると、「幸希」という勇馬の声が暗闇にふっと浮かぶ。勇馬はまだ起きていたのか。
幸希も起きているようで「んー?」と返事をしている。
勇馬が「あのさ」と何か切り出そうとする。
「内緒の話?」
「……ああ。内緒の話」
「…………」
僕は二人の内緒の話を聞いてみたくて寝たフリをしている。
しかし幸希が「だったら今度にして」と言う。「この子、起きてるから」
僕は幸希に手をぎゅぎゅっと握られて「え!」と反射的に声を上げさせられてしまう。「な、なんでわかるの?」
勇馬は笑っている。「おいおい豊、狸寝入りかよ。よくねえなあ」
「や、ごめん。ぼーっとしてて。盗み聞きするつもりはなかったよ?」と僕は苦しく取り繕う。「っていうか、幸希、なんで起きてるか寝てるかわかるの!?」
「わかるよ」と言われる。「あんた、本当に寝てるときは左側向くじゃん」
「…………」
たしかにその通りだ。僕は眠るといつの間にか左側に体を傾けるし、今現在は仰向けだった。嘘でしょ。幸希は僕のそんな癖まで把握しているの?
「危ねえ危ねえ」と勇馬。「俺の隠された過去が豊にもバレちまうところだった」
「隠された過去……?」
「いや、それは冗談だけどな」と勇馬は快活に笑う。「寝るか。今度こそ朝まで、無言で」
勇馬がそう言うと、僕にも急に眠気がやって来る。体を左側に向けたくなるけれど、そちらには幸希が寝ていて、なんとなく向きづらい。幸希の手は一貫して僕の布団に入っていて、しかも僕の手汗でべちゃべちゃなんだけど、平気なんだろうか? そんなことを考えていると、いつしか僕は眠りに落ちる。今夜は幸希が体ごとこちらに入ってくることはないだろう。手放しで眠れる。