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04.ラブレター

 四月も後半に差し掛かったある朝、自分の席に着いて教科書やノートの整理をしていると、「豊」と幸希に呼ばれる。僕が顔を上げると、幸希も自分の席に座っていて、ちょいちょいと僕を手招いている。


 最近の幸希はすぐ僕にちょっかいをかけてくるから今日もまた嫌な予感しかしないんだけど、少なくとも良い予感はしないんだけど、ともあれ幸希のところへ行ってみると、そういう類いの話ではなかった。


 幸希は手紙のようなものを持っていて、それを僕に見せてくる。手紙のようなものというか手紙だ。ラブレターだ。「もらったんだけど」


「へえ……」と僕。ラブレターを実際に目にしたのは初めてだった。


「ちょっと読んでみる?」幸希がラブレターを開く。


 僕は遠慮しておく。「いや、いいよ」


「見てみなよ」


「そんな、人様のラブレターは勝手に見れないって」


「いいから。見なよ」


 けっきょく見せられる。差出人は別のクラスの知らない人だった。昼休みに中庭に来てもらいたいとのことだった。本番の告白はそこでおこなうつもりらしい。


「で、どうするの?」と僕は訊く。「幸希とは顔見知りの人?」


「いや、知らない人」と幸希。「中庭へは一応行くけど、きちんとお断りしないとね」


「そうだね」


「付き合ってる人がいるからごめんなさいって言えばいいよね?」


「それがいいんじゃない?」本当のことだし。


「同じクラスの堺井豊くんと付き合ってるからごめんなさいって言えばいい?」


「なんでだよ」と僕は脱力する。「そこは勇馬でいいでしょ。そこで嘘つく必要ないよ」


「あっそう?」と幸希はちょっと笑う。「まあそれはいいんだけど、お昼、ついて来てくれる?」


「中庭に?」


「そう。もちろん」


「なんか悪くない? 相手の人に」


「や、私一人だと緊張するし、なんか恐いじゃん。危ない人だったら嫌だしさ」


「まあねえ……」中庭だから滅多なことはないと思うが、絶対安全とも言えない。「だったら勇馬の方が適任じゃない? 僕なんかより遥かに頼もしいよ?」


「…………」幸希がじとっと見てくる。「豊は自信ない?」


「あ、いや、そんなんじゃないけど……」たしかに、なんでも勇馬にばかり頼っていてもいけないか。まあ勇馬は幸希の彼氏なんだから僕に自信があろうがなかろうが勇馬が行くべきって気もするけど、今回は僕が頑張ってみるか。「わかったよ。僕がついて行くね。ただし、物陰から見守るだけだよ?」


「それでいいよ」


「うん。じゃ、そういうことで」

 なんだか僕も緊張してくる。こんな、告白をされる幸希に同行する程度のことで緊張していちゃいけないんだけれど……。


 幸希がラブレターを眺めながら言う。「まだ四月なのに、まさか別のクラスの人からコクられるとはなあ」


「そだね」クラスメイトならまだしも、他クラスにいて幸希を好きになるだなんて。「やっぱり幸希はモテるよね」


 中学校のときだって、勇馬と付き合ったあとにも何度か告白されていたくらいだ。単純にモテるのだ。


「別にモテないよ」と幸希は謙遜する。「どうでもいい」


「全然話したことない人からもよく告白されるよね。幸希って美人なのかもしれないね」


「美人なのかもしれないね……って、興味なさそうに言わないでよ」


「いや、興味ないとかじゃないけど……」

 幸希のことはずっといっしょにいて見慣れすぎているし、僕は他の女子をあんまり見ないから比較もしづらい。ただまあ、なんとなく、幸希は可愛らしいし美人なんだろうなとはぼんやり思っている。


「豊はもうちょっと異性に関心を持った方がいいよ」


「関心ねえ……」


「異性とまでは言わずとも、せめて私ぐらいには関心を持つべきじゃない? いつもいっしょなんだからさ」


「関心っていうか、幸希のことは好きだよ」


「はいはい」とまた言われてしまう。


「はいはいって言わないでよ」


「はいはいだよ」幸希はラブレターを仕舞う。「とにかく昼イチで、私のボディガード、お願いね?」


「わかった」

 中庭に同行。ボディガードはできないかもしれないけども。


 告白か……などと授業中に考えてしまう。人が人を愛するパワーというのはすさまじいんだろうなあと想像する。話したこともないはずの相手に手紙を書き、こっそり机の引き出しなんかに入れて、そして面と向かって想いを伝えようっていうんだから、すごい。そうまでして付き合いたいって気持ちが、愛なんだろう。僕はそんな感情に急き立てられたことがないから、なんというか、羨ましい。愛情があれば、毎日をもっとワクワクして過ごせそうだし、愛する人がいれば、もっともっと強く生きられる気がする。


 四時間分の授業をこなし、昼を迎える。僕と幸希は昼ごはんを後回しにして中庭へ向かう。僕は幸希を先に行かせて、他人のフリをしながらあとをつける。いっしょに来たことがバレてはいけない。相手の人に失礼だ。


 手紙の差出人は既に中庭にいて、その姿に僕は凍りつかされる。いや、知らない人なんだけど、芳日高校生にしては派手な格好で、どうしても中学校時代の不良グループの生徒を想起してしまう。だいぶ克服できてきているとはいっても、やはりまだ、僕の中に恐怖心は残存している。そういう雰囲気の男子生徒を見かけると、記憶が甦ってきて、僕はすくんでしまう。


 幸希と男子生徒がやり取りしているのを、僕は校舎の陰に隠れつつ見守る。足をカタカタ震わせながら見守る。二人が喋っているのはわかるが、内容までは聞き取れない。そんなには接近できない。


 時間にして数分……二分とか三分程度だろう。男子生徒が丁寧に頭を下げて幸希から離れる。僕は安堵する。派手な見た目だからって野蛮なわけじゃない。わかってはいるものの、心が反射的に警戒をしてしまうのだ。


 一人になった幸希のもとへ、僕は歩いていく。「お断りできた?」


「あ」と幸希も安堵したような表情を浮かべる。「うん。好きな人がいるからごめんなさいって」


「付き合ってる人、でしょ?」


「そうだ。付き合ってる人がいるからごめんなさいって」幸希は笑う。「久々にコクられたから緊張したー」


「……大丈夫?」と僕は訊く。「手も足も震えてる」


「え? あはは……」

 幸希は異様なほどに体を震わせている。


「えぇ……? どうしたの?」


 幸希は苦笑し、「ちょっと恐かった」と漏らす。「ほら、ああいう派手な髪型とか制服の着方とかって、思い出すじゃん? 中学校のときの……」


「え?」


「……豊に、乱暴してた奴らのことをさ」


「…………」幸希も僕と同じような連想をしていたのか。いや、それより、幸希にもヤンキーアレルギーがあるだなんて僕は今まで知らなかった。そうだったのか。びっくりしてしまうと同時に、なんだか申し訳なくもなる。それは僕だけが負えばいいはずの傷で、幸希は関係ないのに。「大丈夫。派手でも、礼儀正しい人だったでしょ? 大丈夫だよ」


 僕は自分を棚に上げて強がり、震えている幸希の手を取る。


 幸希が「ごめん」と謝って僕にしがみついてくる。「力が入んなくて……倒れそう」


「わっと……」僕は慌てて抱き止めるけど、非力だし、唐突だったのでバランスを崩す。なんとか踏ん張りたかったけれどやっぱり耐えきれず中庭の石畳に尻餅をついてしまう。だけど幸希が怪我だけはしないよう全身で庇う。僕とは違い、幸希はスカートなので、生脚が出ているので、ぶつけると痛そうだ。「……ごめん。平気?」


「平気」と幸希は弱々しく笑っている。「ごめんは私の方。ありがと、豊」


「ううん」幸希の膝が僕の太股だか下っ腹だかを圧迫していてメチャクチャ痛いんだけど、僕もなんとか笑う。「……幸希は恐がらなくていいんだよ」


 首を振る幸希。「恐い。恐いし、許せない」


「…………」

 僕は幸希の気持ちをありがたく感じる一方で、やはり申し訳なく思う。僕が弱かったせいで幸希にも不要な傷を与えてしまっている。僕は。僕はまだまださらに克服していかなくちゃならない。克服してやる。


 僕が幸希の頭をそっと撫でると、幸希は僕に顔を寄せてくる。「豊……」


「や、それはダメだって」僕はすぐさま幸希の顔を押しやり、接近を阻む。「校舎の窓から誰か見てるかもしれないから……!」


「見てなかったらいいの?」


「見てなくてもダメ」


「どっちにしろダメなんじゃん」


「そうだよ」


 幸希の迫り来る力はものすごく強いんだけど、僕も負けじとなんとか押し返す。幸希は弱っていたのもあって失速し、やがてあきらめる。僕から体を離して立ち上がる。


 ちょうどそんなとき、僕達を探しに来たらしき勇馬が駆けてくる。「おーい、メシは?」


「わ、勇馬!?」

 僕は心臓が口から出かける。僕と幸希がくっついていたの、見られてないよね? ギリギリ見られなかったと思う。頑張って押し返してよかった……。


「お前ら、昼なのにいないんだもん。あちこち探したぜ。中庭で食うことにしたのか?」


「告白されてたんだよ私」と幸希が説明する。「ラブレターもらって、呼び出されて」


「え? 豊から?」


「僕じゃないよ!」なんで僕になるんだ。「別の男子生徒からだよ」


「へえ」と勇馬は笑う。「そりゃ結構。彼女がモテてると、彼氏としては鼻が高いな」


「幸希はモテるもんね」


「可愛いから仕方ないよな?」


 僕と勇馬のやり取りを、幸希はどうでもよさそうに聞いている。まあなんだっていい。勇馬が五秒でも早く来ていたら弁明が必要な展開になっていたはずで、それをかろうじて免れたことをただただ喜ぶしかない。事情を説明すれば勇馬ならわかってくれるだろうけど、それでも勘違いなどは極力生まない方がいい。


 僕達は教室に戻って三人で昼食を摂る。

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