28.お泊まり会
夏休みに、また勇馬の家でお泊まり会が開かれる。今回はスーパーででっかいお寿司のセットを買い、それをみんなで食べる。コーラで乾杯をしてから、適当に喋りつつお寿司を摘まむ。
僕の隣には幸希がいて、正面に勇馬が座っている。その横には黒江さん。勇馬と黒江さんは正式に付き合っているわけではないらしいが、いつもいっしょにいるし、二人で出掛けることもあるそうだ。勇馬がなんとなく意地を張って交際宣言をしていないだけのような気もするので、早く素直になってほしい。
幸希と契約を解除して別れてから勇馬はずっと快活で、別れる前より楽しそうで、今日もコーラしか飲んでいないのに酔っ払いみたいだった。「豊と幸希は、なんだ、その、もう雄しべと雌しべは合わせたのか? 受粉したのか?」
「最低……」と幸希は引いている。「オヤジじゃん」
僕は考えるようにしてから「ちょっとだけね」と言う。
「ぐわあああ」と勇馬は笑いながら苦しむ。「脳が破壊されそうだ。やめてくれ」
「もう既に壊れてそうだけどね、脳」テンションがおかしい。
「冗談だ。またあとで詳しく聞かせてくれ」
「うん」頷いていると、足の甲にものすごい衝撃を浴び、とてつもない圧力がかかる。幸希がテーブルの下で僕の足を踏み、さらにかかとでグリグリしてきている。「痛い痛い。痛いって」
「男子ってホントにバカだね」と幸希が横目で睨んでくる。
「バカじゃねえと楽しくないだろ」と勇馬。
「あんたのバカに私の豊を巻き込まないでくれる? 私の豊が汚れるんだけど」
「元カレの扱いがぞんざいだ」
「私に元カレなんていないんだけど」
「記憶改竄されてた!」
「でもいいじゃない」と黒江さんが笑う。「だったらあたしと勇馬くんは初めて同士ってことになるわ」
「お前は豊の元カノだろ」と勇馬は黒江さんに対してはクールだった。照れ臭いんだろう。そう思って見ると勇馬も可愛らしい。
「豊にも元カノなんていないよ」と幸希。
「いやお前都合いいな!」
「ほらね?」と黒江さんは勇馬に体をすり寄せていて、なんか生き生きしている。たしかに僕は早くから黒江さんの不審さに気付いていたので、たしかにたしかにあんまり元カノだっていうイメージがない。ただ、黒江さんが勇馬を狙っていたことまではすぐに看破できなかった。察しはついていたけれど、保健室で黒江さんに言われて、ようやく確信に至れた。
「豊、イカ」と幸希が僕にイカを食べさせてくる。僕はイカのお寿司が大好きだ。
「あーん。もぐもぐ」
「残りも全部食べちゃいなよ。誰かに取られるよ?」
イカのお寿司はあと三つある。「一人でがめつく食べてたら節操ないかなと思って……」
「好きなもの食べて。どうせみんな節操ないんだから」
「うん」
「お姉ちゃんみたいだな」と勇馬は微笑ましげだ。「いいな。細かくお世話焼いてもらって。ベッドの上でもお姉ちゃんなのか?」
「ベッドの上ではときどきお姉ちゃんでときどき」妹……と言う前に足の甲をすり潰される。恐るべきことに幸希のかかとはずっと僕の足の上に乗せられていたのだ。
「バカ……」
幸希が怒ったから、というわけでもないんだけど、僕は席を立ってトイレへ行かせてもらう。勝手知ったる有寺家。足の甲が痛すぎるので明るいところでまじまじと確認してみたが、まあ無事だった。
用を足してトイレから出ると、廊下に黒江さんがいて、笑っている。「ようやく二人きりになれたわね、豊くん」
「恐い恐い。なに……?」
「改めて、ありがとうと言いたくて」
「勇馬のこと?」
「そう。勇馬くんと幸希ちゃんを別れさせてくれて。手間が省けたわ」
「別れさせたわけじゃないんだけど……」
「豊くんと幸希ちゃんが両思いだってわかってから、これは俄然行けそうだと感じたけれど、最高の形になったわね」
「最高の形……」
「ありがとう」
「僕は黒江さんのためには何もしてないんだけどね……」
勝手にそうなっただけだ。でも黒江さんはホントに労せず勇馬の隣を獲得して、抜け目がないよなあと感心させられてしまう。平和な人だ……。でもしたたかじゃないとなかなかできないことだし、それも一種の強さなんだろうなと思う。強さにもいろいろある。
僕と黒江さんが見つめ合っていると「ちょっとー」と幸希が割って入ってくる。「何してんの?」
「なんにもしてないよ」
「怪しいんだけど」
「あたしもトイレしに来ただけよ」と黒江さん。
「そんな、豊がしてるんだから来たって入れないじゃん」
「漏れそうだったのよ」
「戻ろう、幸希」
僕は幸希の手を取り、黒江さんを横切る。幸希はおとなしくついて来て、こういうところはやっぱり妹みたいだなと思う。嫉妬深いのだ。可愛い。
「利害が一致したから応援してただけなんだけど」と黒江さんは微笑む。「情が移ったのかしら。本当にずっと見てたいわね。豊くんと幸希ちゃんのことは」
「早く勇馬の彼女になったらいいよ」と僕は振り返って言う。「そしたらずっと見てられる。僕と勇馬はズッ友だから」
リビングに戻ると当たり前だけど勇馬がいて、「期せずして二人きりになれたから幸希に襲いかかろうとしたら逃げられたぜ」などと嘯いている。
「だから幸希が廊下に出てきてたのか。やっぱズッ友は無理かもな……」
「待て待て。ズッ友だろ!?俺達」
「どうかな」と言って僕達は笑い合う。
幸希が「私はもうそろそろ友達やめようかな」とガチトーンでつぶやき、たしかに最近の勇馬はネジが外れすぎているけれど、なんだかんだ、こうやって僕達は大人になってもワイワイやっているんだと思う。そうだといい。
お寿司をなくしてしまってから、幸希と黒江さんは別々だったけれど、僕と勇馬は仲良くいっしょに入浴し、それから布団敷きタイムに突入する。
「豊と幸希は別の部屋に布団敷こうか?」
また勇馬がそういうオヤジ臭いことを言うから、「だったら勇馬と黒江さんは、勇馬のベッドで寝たらいいんじゃない?」と返してやる。
「そんなの、寝ねえよ」と勇馬の返事はやっぱりぎこちなくて面白い。
けっきょく普通に、僕、幸希、黒江さん、勇馬の並びで布団を敷き眠ることにする。
勇馬はすぐ寝てしまうかもしれない……と思う。サッカーを始めたみたいで、最近は部活動に忙しいのだ。さすがの勇馬といえども久しぶりの運動には苦戦しているようで、真夏の暑さもあって毎日ヘトヘトらしい。それでも再びお泊まり会を開いてくれるんだから、ありがたい。
幸希が僕の布団に入ってくる。こっそりではなく、もう当たり前みたいに掛け布団を捲って堂々とお邪魔してくる。ちょっと暑いけど、僕は幸希を抱きしめる。耳元で「好きだよ」と囁いてあげる。幸希はこれがことのほか好きで、僕達は就寝時に電話を繋いで囁き合ったりする。よく眠れるし、いい夢が見られるらしい。この現実よりいい夢なんてあるんだろうか?と思う。
囁き合っていると勇馬が「俺も好きだよ」と入ってくる。
「もう~……嫌」と幸希は心底嫌そうにする。「帰ってくんない?」
「ここ俺の家なんだけど。……お前らの声、普通に丸聞こえなんだよ。もうちょっとボリューム落とせよ」
幸希はもう何も返さず、囁き合いも中止し、ただ僕に黙ってキスをしてくる。お泊まり会の夜のキス。僕は思い出す。あのときは僕んちだったけれど、すべてはあの夜に動き出したのだ。完璧な世界。その崩壊の予感。
完璧な世界なんてもうないけど、そもそも最初からそんなものは存在しなかったんだけど、それでいい。完璧じゃなくたって構わないし、何かあれば整えればいい。僕達は本音を打ち明け合うことができる関係で、誰も我慢なんてしなくていいのだ。
「ねえ、豊」
幸希が甘ったるい声で僕を呼びながら、僕の部屋着に手を突っ込んでくる。それがシャツの方かズボンの方かは勇馬にだって教えられないが、幸希はこういう、スリリングな場所で何かをするのが前々からどう考えても好きそうで、僕は恥ずかしいんだけれど趣味ってのは似てくるもんで、この子といっしょにいるとまだまだドキドキできるんだろうなと最近は前向きだ。
僕が幸希の部屋着に手を突っ込み返したのか、突っ込み返したとしてそれはシャツの方かズボンの方かはやっぱり勇馬には話せないが、それは勇馬に心を開いていないわけじゃなくって、勇馬には勇馬との、大切な付き合い方が僕にはあるってだけの話だ。
もちろん、幸希には幸希との。僕のために命を賭けられると言い放った幼馴染みに、僕は匹敵できるような彼氏でありたい。




