26.親友
放課後、生徒達が捌けたであろう頃合いを見計らい、僕は一年六組の教室へ行く。幸希や黒江さんが付近にいるかと思ったけれど、気を遣ってくれているのやら、見かけなかった。
六組には勇馬だけが残っていて、一人呆けていた。
「勇馬」と僕は声をかける。
「なんか思い出しちまってたぜ」と勇馬は天井を仰ぎ、力なく笑う。「懐かしい感じだ」
「話、全部聞いたよ」と僕は言う。「勇馬と幸希のこと」
「そうか。それはタイムリーだな」勇馬は教室内をとぼとぼ歩き、教卓の近くへ移動する。「全部聞いたんだったら、溜飲も下がっちまったかな? 俺はお前と、この教室でラストバトルと洒落込むつもりだったのによ」
「…………」
「……幸希はなんか言ってたか?」
「ん? いや……その話をしてたら、昼休みが終わっちゃったから」
「そうか。で、お前はその話を聞いてどう感じたんだ?」
「ありがとう」と僕は勇馬に頭を下げる。「僕が知らない間も、僕が当たり前みたいな顔して生きてるときも、ずっと僕を守ってくれてたんだね。勇馬なら本当はもっといい高校へ進めたのに、それすらも犠牲にして」
「あのな……」勇馬は何か言いかけるが「いや」と少し笑う。「お前のボルテージをもう一度上げてやるよ。お前がそんな生暖かい台詞を吐けないようにしてやる」
「…………」
「お前が幸希から聞いた話は九割が事実だが、お前も幸希も知らない真実がまだ隠されてる。それが何かわかるか?」
「わからない」と僕は正直に答える。
「俺は幸希が好きだったし、幸希がお前を気にかけてることも当然知ってた。騒動のあと、幸希は自ら進んで俺と付き合ったんだと自覚してるんだろうが、それは違う」
「…………」
「最初からすべて、俺が仕組んだ物語なんだよ。これは」
「…………」
「不良生徒どもをお前にけしかけたのは俺だ。お前がほどよくボロボロになったところを見計らい、いかにも俺が何かすごい技術を使って解決したかのように、不良どもに手を引かせる。そうしてお前や幸希に恩を売り、俺はまんまと幸希を手に入れる……そういう仕組まれた計画だったんだよ」
「…………」
「幸希が自分から俺のところへ来なくても、俺の方から幸希のもとへ行けばいいだけの話だからな? また不良どもが豊に何かしようとしてるぞ?とでも言えば、幸希なら喜んで自分を差し出し、俺に頼っただろう。なんせ、俺はすごくて、すばらしくて、騒動は俺にしか解決できないんだからな」
「…………」
「俺はお前と、それからお前への幸希の気持ちを利用して、お前らをメチャクチャにしたんだよ」
「…………」
「……これが十割の事実だ。さあ、面白くなってきたところで、仕切り直しだ。本当の決着をつけよう」
僕は「嘘だよね」と断言する。
「嘘じゃねえよ。そりゃ信じたくはないだろうがな」
「いや、嘘だよね?って訊いたんじゃなくて、それは嘘だよって僕は言ったんだ」僕は勇馬の相変わらずなイタズラ心に、少し微笑んでさえしまう。「そんなのね、ずっといっしょにいるんだからわかるよ。勇馬はそんなことができる人間じゃない。僕は勇馬とのこと、全部覚えてるよ。勇馬がいつも僕を気遣ってくれてたこと、優しくしてくれてたこと……なんでもいっしょに楽しんでくれたこと」
僕は改めて思い出す。勇馬のことだって、幸希と同じくらい大好きだったのだ。比べようがなかったのだ。それは、いじめから助けてくれたからじゃない。ただただ、勇馬というその親友のことが好きだったのだ。好きだから信じられるのではなく、信じられるから好きで、僕は今も勇馬を疑っていない。疑うべき要素がない。
「バッカじゃねえの」と勇馬は笑う。「お前は昔から甘いんだよ。甘くて、誰に対しても強く出られなくて、だからいじめられて、でもそれなのに全然へこたれなくて、なんでもかんでも我慢して耐えやがって……俺が幸希をかっさらってもなんにも言わねえで笑いやがって……強すぎんだろ。ふざけんなよ。お前なんかに勝てるか!」
勇馬はいつの間にか泣いていて、勇馬が泣いたのなんて初めてで、僕も思わず泣いてしまう。
「……勇馬」
「お前には負けたくなくて、でもやっぱりどうしても勝てそうになくて……見苦しいよな? 最後の最後まで意地を張っちまった」
「強いってのは、勇馬みたいな人を言うんだよ。僕は弱い。守ってもらわないと生きてもいけないんだ。僕なんて、別になんでもない存在だよ。なんにもできないし、してない」
「俺だって、なんにもしてねえよ」勇馬は鼻水を垂らしながら搾り出す。「俺はお前のことなんて、一度たりとも守ってねえんだよ。お前の傍にいたのは……お前と同じ高校に入ったのは、ただお前と遊んでたかっただけなんだ」
「…………」
「俺はとことん、クソ弱い奴だよ。幸希の引け目を利用して、幸希を縛って、それで付き合ってる気でいただけの弱虫だ」
「…………」
「お前と幸希が結ばれるなら、俺はそれを喜ばなくちゃいけねえのに、お前らが近づくほどに焦って、腹が立って、歯止めが利かなくなってた。とっくに負けてるって、わかってたのに」
「…………」
「スマン。だから今日ここで、この場で、俺はお前らのもとから消えるつもりでいたんだ」勇馬はしゃくり上げていて、顔もくしゃくしゃだ。そのくしゃくしゃな顔を下げる。頭を下げる。「なあ、でも……もしも許されるなら、まだお前の親友で、いさせてくれねえかなあ……」
「そんなの……」
「やり直したいんだよ。お前に対する嫉妬心なんてなくして、お前の方も幸希のことで我慢なんてしないで……真っ当な親友として」
「そんなの……」僕は言う。「やり直すも何も、勇馬は僕の親友。始めから、今の今まで、ずっと。もちろんこの先も」
「…………」
「僕もごめん」高校に入ってから、いろんなことを勇馬に思った。「勇馬なんて死んじゃえって思った。ごめん」
「ふ、ひっでえ……!」勇馬は泣きながら笑う。「おま、それはひでえよ」
僕は勇馬の気持ちを知らなかったのだ。勇馬がどんな気持ちで幸希の傍にいたのか。そして僕の傍にいたのか。
でももういいのだ。僕は全部を知れた。だから親友のやり直し……ではなく、もしかしたらここからが本当のスタートかもしれない。
勇馬とおんなじ大学に行けるかな?と早くも僕は考える。でも無理だろう。学力が天地ほどに異なる。だからって、勇馬に合わせてもらいたいとは思わない。いっしょにいたくないってわけではもちろんなくて、勇馬には無数の可能性があるから、そのひとつだって僕は潰したくないし、親友の条件はそもそも傍で生きることじゃない。精一杯ともに生きることだ。




