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16.点火寸前

 朝、とろとろ登校していると、いつかのように勇馬に追いつかれる。「豊、おはよ」


「おはよう」と僕も返す。勇馬。僕の親友。僕が一生をかけて讃えても足りないくらいの恩人。だけど、もしも勇馬さえいなかったら……と僕は自分の本当の気持ちを思い出して以降、そう思ってしまうのだ。いや、勇馬がいなかったら僕はたぶん高校にすら進学できていないから、そんな『もしも』は成立しないのだが。勇馬は僕が幸希といっしょに芳日高校へ至るために絶対不可欠な揺るぎない存在なのだ。だからこそ感謝し続けなければならないし、裏切るなんてもってのほかだ。


「緋理との仲に進展はあったか?」などと、暢気そうに勇馬は尋ねてくる。


「特に変わらず、かなあ」

 一昨日、僕の家で言葉を交わしたことで、たぶん多少は仲良くなれたと思うんだけど、報告するほどの進展ではないと判断する。


「そもそも緋理を好きになれたのか?」


「悪い人じゃないとは思うけど、だからってすぐに恋愛感情には結びつかないよ」


「恋愛感情か……」と勇馬はつぶやく。「でも緋理、美人じゃん。美人だろ?」


「美人かどうかはあんまり関係なくない?」


「男子高校生なんて、相手が美人だったら誰でも構わねえんだぜ?普通はな」


「じゃ、勇馬、黒江さんと付き合ってみたら?」


「俺には幸希がいるし」と勇馬はすぐ言う。「それに緋理はお前の彼女だろ? 人のものを盗ったら泥棒」


「…………」僕は「黒江さんはものじゃないよ」としか返せない。


「そうだな。今のは別に悪口じゃねえぞ?」


「わかってるよ」


「言葉の綾ってやつだ」


「うん」


「…………」


「…………」


 なんだか、変な間が空く。勇馬といて、こんな間が空いたことなんてあっただろうか? それとも僕が敏感になりすぎているだけなんだろうか?


「あー」と勇馬が無意味な声を発する。「あのよ、最近、幸希と遊びに行ったりしてるか?」


「……僕が?」


「お前がだよ」


「行ってないけど?」行かないようにしているのだ。


「そうか……」


「妙な確認だね」と僕は敢えて訊く。「そんな確認、今までされたことないよ。どうかしたの?」


「いや。どうなのかなと思っただけだよ」


「それはヤキモチ焼いてるってこと?」と僕は訊いてしまい、うわ、ちょっと勢い余ったかな?と焦る。


 勇馬は目を細めて一瞥してくる。「別に。焼いてねえよ」


 勇馬のトーンがわずかに変化し、勇馬の心境に揺らぎが生じたことを僕は悟る。少し怒っているのかもしれない。恐い。余計なことは言わないでおこう……と思いながらももう僕は「焼かないよね」と返している。「僕なんて男子の内に入らないだろうからね。勇馬にとっても。幸希にとっても」


 自分で自分に驚いてしまう。僕は気が立っている。僕の心は今トゲトゲで、勇馬の言葉に反応してそのトゲがゆらゆら揺れる。何かを狙い澄ますかのように。


「あんまりそういうこと言うなよ」勇馬は今度こそあからさまに不機嫌そうに声を低める。「お前は俺から見ても幸希から見ても、どこからどう見ても立派な男子だよ。あまりにもへりくだられると、こっちも反応に困るぜ」


「本当に立派だったら未来はまた違ったんだろうけどね」


「……どした?お前。なんか怒ってる?」


「僕は怒ってなんかないよ」ただイライラしているだけだ。どうにもできないものが腹の中を転がっているだけだ。「僕はね」


「俺も怒ってねえよ」と勇馬も言う。「悪い。ちょっとカリカリしてるだけだ」


「…………」イライラにカリカリか。いろんな言葉がある。


「……なあ、豊」


「……うん? なに?」


「あー……いや」


「…………」


「やっぱなんでもねえ」


「そ」


「…………」


「……訊きたいことがあるならいいよ。なに?」


「いや、その……」


「……らしくないね。そんなに口ごもるなんて」


「まあな。えっと……幸希のことなんだけど」


「…………」

 訊かなければよかったと思うかもしれない。だけど僕は、このタイミングで幸希以外の何の話だと予想していたんだろう? 幸希の話以外ありえないだろう。


「お前、幸希のことは好きじゃないって言ってたよな? この間」


「好きだよ」


 勇馬の体が大袈裟なほどに振れる。「!」


「好きじゃないなんて言ってないでしょ? 家族として好きなんだって、この間は話してなかったっけ?」


「ああ……そうだったな」勇馬はうつむいて苦笑する。「恋人にしたいような『好き』ではない……って言ったんだっけな。たしか」


「…………」


「そうだったよな?」


「そうだとしたら、なに?」


「いや、それで間違いないか?」


「どういう意味?」

 僕は淀みなく言葉を交わしながら、よく返せてるな自分……と思う。すらすらと対応しているように見えるかもしれないが、こんなのたまたまで、いっぱいいっぱいだ。心臓が大きく鳴っている。僕は今、何を訊かれているんだ? 勇馬は何を知りたいんだ?


「俺はお前が」と勇馬は僕に顔を向けて、僕を視認し、目を見開く。またうつむく。「スマン。なんでもない。忘れてくれ」


「…………」

 鏡が欲しくなる。僕は果たして、どんな表情を浮かべているんだろう? 頬が異様に熱いのだけはわかる。頬がジンジンしすぎていて、その感覚しかない。


 僕が幸希を愛していると言ったら勇馬はどうするつもりなんだろう? 幸希を譲ってくれるんだろうか? そんなわけないよね? だったらどうしてそんな質問をまた繰り返してきたんだろう? 幸希と勇馬の間に、僕が入っていけないことを知っているクセに。

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