13.四人で下校
放課後、昨日と同様の奥まったスペースへ行く。既に黒江さんが来ており、壁に寄りかかっている。僕を見とめると、黒江さんは壁から背を離し、まっすぐに立つ。
「おはよう」と言われる。「こんにちは、かしら?」
僕はやっぱり女子に慣れなくて「お、おはようじゃないですか?」とどもる。「最初に顔を合わせるときは、たぶん『おはよう』」
「じゃ、おはよう。堺井くん」
「おはようございます……」
黒江さんは目を少しジトリとさせ「そんなに畏まらなくてもいいわよ」と言ってくれる。「あたしの告白を拒絶するなら、まあ、そういう態度でもいいのかもしれないけど」
「あ、いや……」僕は首を振り「告白は、受けます」とはっきり言う。「よ、よろしくお願いします」
「一日考えただけあって、何かキッパリしてるわね」
「はあ、まあ……」
「先に言っとくけど」と黒江さんが前置く。「あたし、性格悪いわよ。腹黒いわよ。それでもいい?」
「…………」今さら言うんだもんなあ。また幸希に心配されてしまいそうだ。だけど、本当に性格が悪いならそんな前置きはしないはずだ。「お手柔らかにお願いします」
「だから、畏まらなくていいったら」黒江さんは少し笑い、昨日のように僕を横切る。「行きましょ」
「あ、う、うん」僕は駆け足で黒江さんを追う。「えっと、これからどうするの?」
「お友達と帰るんでしょう? あたしもいっしょに帰るわ」
「え、えぇ……」
「あたし、こう見えてあなた達三人の関係にも憧れてるのよ。楽しそうでいいじゃない?」
「そ、そうなんだね……」
それでいいのか。付き合いたてなのに色気がないというか、いや、僕としてはそちらの方がありがたいんだけれど、幸希や勇馬は待ってくれているんだろうか? 今日はさすがに置いて帰られてしまった気がする。
いた。幸希も勇馬も教室で待機していてくれた。
僕が黒江さんを連れて教室に入ると、幸希は目を逸らすが、勇馬は気さくに「よ」と言ってくれる。「無事カップル成立か。まさか黒江さんが豊の彼女になるとはな。俺からもよろしくお願いしますと言わせてもらうよ」
「よろしく」と黒江さんも頭を下げる。「こんな形で有寺くんと言葉を交わすことになるとはね」
「同じクラスでも喋ったことなかったしな」
「お世話になります」
「こちらこそ。豊の世話をしてやってくれ」
「豊くん……って呼んでもいいかしら」と黒江さんが僕を見て、それから勇馬を見る。
「呼べ呼べ」と僕じゃなくて勇馬が許可する。「俺や幸希のことも名前で呼んでくれりゃあいいぞ。どうせ親しい仲になるんだろうしな」
幸希は嫌そうだったが、そういう感じで、黒江さんも僕達を名前で呼ぶようになる。僕も黒江さんを名前で呼ぶよう言われたが、黒江緋理さん……緋理さんと呼ぶことすら気恥ずかしくて僕には抵抗がある。黒江さんとしか今は呼べない。
呼び方を決めて、そのまま四人で下校する。僕が人見知りを発揮してあんまり話せないもんだから、勇馬が代わりに黒江さんと喋ってくれている。ありがたい。申し訳ない。
僕達三人のことについて尋ねている黒江さん。それに対して当たり障りなく説明している勇馬を眺めていると、「どんな感じなの?」と幸希に訊かれる。「あの人」
「僕もまだ知り合ったばっかりだし全然わかんないよ」
性格が悪いと自称されたことに関しては黙っておく。
「ふうん。なんか嫌な感じだよね」と幸希は黒江さんを横目で窺う。「あくどいオーラが出てる」
「はは」実際どうなんだろう? 「そんなふうに決めつけたら可哀想だよ」
「……一応豊の彼女だもんね。ごめん。悪く言うもんじゃないよね」とまた幸希は暗くなってしまう。「豊を盗られて悔しいから、八つ当たりしそう」
「ケンカしないでね?」
「努力する……」
「僕は別に盗られてないから」
「うん……」幸希は黒江さんや勇馬を確認してから「えい」とまた僕の手を握る。
「だっ……」と僕は悲鳴が出そうになるけど、こらえる。慌てて黒江さんと勇馬に目をやるが、二人はまだ会話の最中だ。「だ、ダメだってば……」
「平気平気。すぐ離すよ」と言ってから、幸希は僕の手を解放する。
「…………」ここまで大胆にやられたことは未だかつてない。もしかして、黒江さんと付き合うことで幸希は余計に暴走する? いや、さすがにそんなことにはならないはずだ。「ダメだからね?」
「はいはい。もうしないよ」
でも、幸希は今みたいにしているときが本当に一番楽しそうなのだ。ニコニコしているというか、生き生きしている。僕はそんな幸希をずっと見ていたいわけなんだけど、この道の先にそういう幸希は存在しているんだろうか? 別に、僕にちょっかいをかけたりイタズラをしたりして笑わなくたっていい。何か他のことをして、おんなじくらい笑っていてほしいのだ。この願いは届くだろうか?
勇馬が黒江さんに対して僕のレビューを始めたのを、僕は黙って聞いている。『優しい奴なんだ』。『ちょっと気弱だけど芯はしっかりしてるんだ』。『仲間思いなんだ』。なんか普通だなと思う。でも、そんな特別な人間なんてほとんどいなくて、たいていが普通なのだ。だからそれでいい。普通でいい。いや、だけど僕は普通か? 普通にすら達していないんじゃないか? 勇馬に隠れて幸希とコソコソやっていた僕は、優しくなんてないし、芯もないし、仲間思いでもない。
違う。僕は振り払う。それを今から取り返そうとしているんだ。完璧な世界を復活させて、僕は自分の罪を清めたい。また後ろ暗さのない学校生活を三人で送るのだ。黒江さんもいてくれるなら四人だ。四人でも構わない。
それにしても勇馬は話が長い。ずっと話しているし、黒江さんもずっと聞いている。もともとお喋り好きなのだ。僕に関しては間違いなくそうなんだけど、幸希にしたってベラベラと長話をするタイプじゃないから、勇馬のお喋り好きは長らく抑圧されていたのかもしれない。
黒江さんは電車通学とのことで、絲草駅まで僕達三人で送っていく。八仏田が住所らしい。まあまあの距離があり、徒歩での行き来は不可能だ。
改札の前で「ありがとう」と黒江さんは振り返る。「楽しかったわ」
「今度は豊と喋ってやれな?」と勇馬は苦笑している。「俺と付き合い始めたわけじゃないんだし」
「ああ……」と黒江さんも苦笑し、僕を見る。「豊くん。今度はじっくり話しましょう? こちらから告白しておいて、今日はごめんなさいね」
「いや、いいよ」
正直、勇馬が相手をしてくれていて助かった。初対面の女子と芳日高校から絲草駅まで会話し続けるなんて芸当、僕には無理だ。
軽く手を挙げて、黒江さんはホームの方へ歩いていく。なんか、明るいのかクールなのかもよくわからない人だ。けっきょくほとんど喋っていないから、わからなくて当たり前なんだけれど。
慣れていかなければならない。よく知らない僕の彼女。新しい人間関係。それから、失われていくであろう僕の想い。