12.翌日、朝
幸希と勇馬……二人の関係って一体なんなんだろう? 付き合っていると公言しているのだからそれは間違いない。実際に僕は二人が仲良くしているのを見てきている。だけど、ボディタッチやハグ、キスなんかを一切しないとはどういうことなんだろう? いや、まずはその真偽の確認が先か。幸希は『していない』と言い、勇馬は『している』と言った。どちらの言葉も信じられるし疑いたくないが、状況的に見るならば、『していない』ように感じられる。お泊まり会の翌朝、勇馬が寝ている幸希にキスしようとしていたのを僕は思い出す。あのときの勇馬は様子が少しおかしかった。で、あのときの勇馬の発言を幸希が昨日否定したのだ。幸希の方が本当のことを言っている気がする。でも、じゃあどうしてしないのか。幸希は『そういう付き合い方もある』と言い、たしかにそれはその通りだと思う。けれど、勇馬はキスが嫌いなわけじゃないし、現にしたがっていたし、幸希だって僕に対しては狂ったように浴びせてきたりする。幸希と勇馬の二人でキスし合っていればそれで済むんじゃないの? なんで勇馬はお預けされていて、代わりに僕が幸希とキスなんてしていたんだろう? いや、違う。違わないけど違う。そういう回りくどい言い方はやめよう。なんで……なんで幸希は僕とじゃなく勇馬と付き合っているんだろう? 僕はどうして彼女でもない女の子からキスだけされているんだろう?
けれども、まあいい。もういいのだ。その謎は今日解決する。謎自体は解決しないが、それについて考える必要が二度となくなる。僕は黒江緋理さんからの告白を受け入れ、彼女と付き合い、不要な想いをすべて塗り潰す。
登校すると珍しく幸希がもう席に着いているので、恐る恐る僕はそこへ行く。一歩一歩、足を踏み出すごとに心臓が軋む。心臓が足の裏に移動してしまったかのように、僕の踏み込みが心臓への圧迫になる。
幸希は僕の気配に気付き、苦笑しながら手招きし「昨日はごめん」と謝ってくる。「豊とケンカしたいわけじゃないから。あんなふうに言ってごめん」
「ううん……」
「勇馬んちには行ってないよ?」と幸希。「本当に。信じてね」
「うん」
僕は頷きながら腰を抜かしてしまい、幸希の席の傍らにしゃがみ込む。脱力感がすごい。抑え込んでいた不安の発散がすごすぎて、僕自身も気体になって散り散りになりそうなくらいだった。
しゃがみ込んだ僕の頭を、幸希が撫でてくる。「付き合っちゃうんだね。黒江さんだっけ?」
「…………」
「変な人かもしれないし、気をつけなよ? 少なくとも私は全然信用してない」
「うん……」
「……あーあ」
「…………」
「ずーっと私の横にいてほしかったな」
「…………」
「ま、私はとやかく言えないんだけど。勇馬の彼女やってるクセに、何様のつもり?って感じだよね」
「……幸希の横にはずっといるよ」と僕は言う。「昨日も言ったけど、それは僕自身も望んでることだし」
幸希と勇馬とずっといっしょにいるために、僕は黒江さんと付き合うんだ。完璧な世界を再調整するのだ。
「でも」幸希がうつむく。机に顔を伏せる。「もうそろそろおしまいだな」
「え」
何が?と訊こうとするのと、屈んでいる僕に幸希が机の下から手を伸ばすのとが同時で、僕は口を噤まされる。
幸希が僕の手を握る。「最後に手、ぎゅってさせて」
「幸希……」
「まだ付き合ってないから、握ってもセーフでしょ?」
「……幸希の方はとっくに付き合ってるんだけどね」
「あはは……」と幸希は突っ伏したまま力なく笑う。「ホントだよね。私最低だ。どんだけ欲深いんだろうね」
「いや、最低なんかじゃないけど……」
「ホントに」
「…………」
「これでよかったはずなんだけどな。私が望んでこうしたはずなのに……幸せになると、より幸せになりたくなるよね」
「それはどういう……」
「ダメだよね」とつぶやき、幸希は喋らなくなる。居眠りを始めたわけでもないんだろうけれど。
教室内に生徒が増えてきて、僕と幸希が机の陰でこっそり手を繋いでいるのはバレバレなんだろうけど、それでも僕はなんとなく、その手を離すことができない。