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11.決意

 帰宅し、すぐさま自室へ行き、ベッドに寝転がって考え込む。やはり付き合うべきだ……と僕はそちらの方向性で考えを進めていっている。


 幸希と勇馬の恋愛関係を何がなんでも安定させたい。あの二人が仲良くしていて、僕がそれを穏やかに眺めている状態こそが完璧な世界なのだ。それを維持するためには幸希から僕への接触をシャットアウトする必要があるし、僕の幸希への感情もどこかへ放逐しなければならない。それはなんと両方とも黒江さんと付き合うことで達成できてしまうというんだから、今回の黒江さんからの告白は本当にすばらしいタイミングだった。渡りに船と言えた。


 けれど、じゃあ僕はどうして今、こんなにも微妙な気分なんだろう。完璧な世界を修復できる希望があるのに、なぜ手放しに喜んでそれを即座に実行する気になれないんだろう。そんなのはわかりきっていて僕は幸希によろしくない感情を抱いていてそれを捨てがたく感じているからなんだけど、そんなポッと出の想いなんて、勇馬がずっと幸希に向けてきた愛情にはなんら匹敵しないし、どうせあっという間に消えるようなものだ。惜しむほどの価値はないし、そもそも抱いてはいけなかったのだ。幸希は勇馬のものなんだから。


 だけど、何かが違っていたら……もしもあのとき……などと僕はどんどんありえない、存在しない世界線なんぞに思いを馳せてしまいバカみたいだ。


 部屋のドアがキイィィ……と開き、母親が入ってくる。黙って入ってこられた覚えが今までにないので、もしかすると僕がベッドに寝転がっていることに気付いていないのかもしれない。不在だと勘違いして入ってきたのかもしれない。どうかしたの?と訊こうと思って顔を上げ、僕は唖然とする。母親じゃない。幸希が勝手に上がってきて勝手に入ってきている。いや、ウチの母親のことだから、幼馴染みの幸希なら僕に断りなく上げても問題ないと思ったのかもしれない。幸希は制服姿で、ひょっとしたらまだ帰宅していないのかもしれない。あるいはカバンだけを置いてすぐにウチへ来たのかもしれない。


 どっちでもいい。なんでもいい。僕は体を起こしてベッドから降りようとするが、幸希の方が素早い。ベッドに乗られ、僕も覆い被せられる。


「ダメ」と言われる。「付き合ったらヤダ」


「ヤダって」僕の返しは許されず、キスで口を塞がれてしまう。


 幸希の勢いはすさまじく、唇が僕の唇を割り開いて沈み込んでいくようだった。僕が息を殺してじっとしていると、割られた唇の間に幸希の舌が差し入れられる。僕は人生初の深いキスをされて、体の芯がピンと伸びる。こんなに体がまっすぐ伸びたのは初めてかもしれないというぐらい直線になる。


 幸希の舌は、幸希とは別の生き物であるかのように暖かく湿っていて、幸希の体はじっとしているのに舌だけが僕の中でチロチロ蠢いていてすごい。気が遠くなる。「……豊。付き合わないでよ」


「なんで幸希は……」


「女子の体に興味があるなら、私でいいでしょ?」


「幸希は……勇馬の彼女じゃん」と僕は吐き出すように言う。「なんで僕にまでこんなことするの?」


「嬉しいクセに」


 たしかに嬉しいし、今更なんだけど「僕にはしちゃいけないでしょ?」と質す。「勇馬としかしちゃいけないんだよ」


「勇馬とはしてないから」と、幸希はいつかと似たような言葉を吐く。「豊にしかしてない」


「嘘つき」と僕は返す。「勇馬ともしてるでしょ? 勇馬は幸希とキスしたことあるって言ってたよ」


 でも論点はそこじゃない。僕としかしていないだとか勇馬ともしているだとか、そんな話は本来どうでもいいのだ。どうでもいいけど、でも、どうでもよくない。どうでもよくないと思っているから僕は「嘘つき」などと咄嗟に言ってしまったのだ。


「勇馬が嘘ついてる!」と幸希は歯を食いしばって不快感を示す。「ホントに勇馬とはしてない! 私は豊としかしてないよ! 信じて!」


「なんで!?」と僕の声も大きくなる。「それはそれでおかしいよ! なんで勇馬と付き合ってて勇馬とは何もしてないの!?」


「そ、そういう付き合い方だってあるでしょ!?」


「あ」だから勇馬はお泊まり会の翌朝、寝ている幸希にこっそりキスしようとしていたのか? え、でも、そんなことある? 「なんで僕と付き合ってないのに、僕としてるの……?」


「…………」幸希が電撃を浴びたみたいにビクリとし、僕にのしかかったまま脱力する。「……自分で考えてよ」


「自分でって……」僕にはわからない。僕が何か悪いことした? 「幸希は勇馬が好きなんだよね?」


「…………」


「幸希」


「…………」


「なんで黙るの? 幸希は勇馬が好きで付き合ってるんでしょ?」


「……好きだよ」


「じゃあどうして」


「なんでもかんでも訊いてこないで!」と怒鳴られてしまう。「……話を逸らさないでよ。私は、付き合わないでってお願いしに来てるんだよ?」


「…………」

 僕は幸希に怒鳴られてびっくりしてしまっている。体が動かないし、頭も働かない。


「女子が苦手なんでしょ? だったら付き合わなくていいよ。ずっと私の傍にいてよ……」


 僕はなんとか「傍にはいるよ。いたいよ」と搾り出す。「僕が誰と付き合おうが、幸希は僕の幼馴染みだし。それは変わらないよ」


「傍にいて、ずっと私を守ってよ」


「幸希を守るのは……」言いたくないけど言う。それ以外に言葉がない。「勇馬の役目でしょ?」


「っ」と僕の胸元で幸希が悲鳴のようなものを呑み込む音が聞こえる。「……時間がないんだよ」


「え?」時間?


「私は……私はね、豊……」


「うん……」


「…………」


「幸希、言いたいことがあるなら言って」


「…………」


「幸希。どうしたの? 言ってよ。聞くから」


「…………」幸希はたっぷり間を置いてから「豊は私に言いたいことないの?」と訊いてくる。


「僕は……」あると思うけど、あってはならないのだ。だからそれは「ない」のと同じなのだ。


 幸希はまた「っっ……」と声にならない声で呻いてから「豊は私が勇馬とキスしてもいいんだ?」と言う。「豊は私が勇馬に全部されちゃってもいいんだ? ふうん。そうなんだね!」


 僕の目玉に、脳味噌に、心臓に、熱く爆ぜる炎が灯る。体の内部だけが激震し、何も考えられないままに僕は起き上がり、その勢いで反対に幸希を押し倒してキスを浴びせてしまう。何をしているんだろう? こんな対抗意識、バカみたいだしむなしいだけなのに、そんな感情すら僕はエネルギーに変えて幸希の唇を甘噛みしている。幸希が舌を出してくるので、それもやんわりと噛む。幸希は大きく呼吸し、僕を強く抱く。僕は全身に体重をかけて幸希を押さえつける。


「幸希……」


「豊っ、はあっ……重た……苦しい」


「やめないよ」


「いいよ……嬉しい」


 僕は幸希に延々とキスばかりする。次はどうすればいいのかがわからない。『次はどうすればいいのかがわからない』ことすらわかっていなくて、僕は獣で、キスのことしか頭にない。知識にないことは行動に移せない。


 見兼ねたらしい幸希が少し微笑み、僕の頭を撫でてから自分のブラウスのボタンに指をかける。上から順番にボタンを外していき、ブラウスを脱ごうとする。僕は知識にないものを見せられそうになり、ハッと我に帰る。そして、幸希がブラウスを脱いでしまわないように幸希の肩を押さえる。


「幸希……」僕は息を切らしている。「やっぱりダメだよ……」


「豊、私に何してもいいよ」


「…………」僕は勢いよく首を振る。


「豊の好きなことしていいから」


「ダメ……」


「じゃあ私が教えてあげよっか? どうせなんにもわからなくて自信ないんでしょ? 私が最初から最後まで教えてあげるよ。……私も初めてだけど」


「ダメなんだ」と僕は強く言う。


 今ここで僕と幸希が何かをしたら、僕と幸希は恋人関係になれるんだろうか? なれるはずない。勇馬はどうなるんだ? 僕と幸希は秘密を共有して、勇馬だけ仲間外れか? 幸希を愛しているはずの勇馬が、どうしてそんな目に遭わなくちゃいけないんだ。幸希に何ひとつとして想いを告げられないような僕が、どうして勇馬を蹴落とせるんだ。すべてありえない。こんなのはおかしい。僕と幸希が一線を越えれば、何もかもがメチャクチャになる。


 黒江さんと付き合おう。僕は決意を固める。今のままでは、幸希のアプローチがエスカレートするばかりだ。そして僕は勇馬に嫉妬の業火を燃やしてしまう。どう足掻いても勝てない相手に、強烈な戦意を抱いてしまう。それらがいつまで経っても無尽蔵に繰り返され、完璧な世界は腐敗して崩壊するだろう。今ならかろうじて間に合う。なんとかなる。なんとかなるはずだ。


 僕がその決意を伝えると、幸希は泣きながらベッドを降りる。

「私、今から勇馬んち行くから。勇馬の前で裸になるから。それでもいいんだね!?」


 ダメだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。そんなの嫌だ。そんなことをされたら僕は死ぬ。そう思うし叫びたいんだけれど、そんな権利はないし、この感情も処分しなきゃならない。僕も泣きたいほどだが、涙を呑んで口を閉ざす。部屋から出ていく幸希を弱々しく見送る。

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