10.どうするのか
幸希と勇馬は教室で待ってくれていた。僕が戻ると、二人は神妙な面持ちで出迎えてくる。
「よ、どうだった?」と勇馬が訊いてくる。
僕はうつむき加減で答える。「知らない子から告白されたんだけど……」
「へえ」と勇馬は応じるが、察しはついていただろう。「めでたい話じゃないか。豊にもついにモテ期が到来か?」
「めでたくない」と幸希が口を挟む。
「豊にも彼女ができるかもしれないんだぜ? めでたいだろ」
「……単純には喜べないでしょ? いい人なのかどうかもわからないし、いい人だったとしても、豊の好みじゃないかもしれないじゃん」
「それはまあ、豊が決めることだろ」と勇馬は締め、僕を見る。「どんな感じなんだ? どうするつもりなんだよ」
「僕は……」幸希と目を合わせる。幸希は勇馬の後方にいて、ブンブンと首を振っている。『だめ』と口が動いている。ダメだと言われてもなあ。「たしかにどんな人なのかっていうのはあんまりよくわからないんだよね」
「ちなみに、誰なんだ?」と勇馬。「俺の知ってる奴かもしれねえぞ?」
「一年六組の……」言いながら、僕は気付く。六組だったら勇馬のクラスメイトだ。「黒江緋理さん」
「クラスメイトじゃねえか」と勇馬も言う。「あのメッチャ綺麗な子な。モデルみたいな。背も高ぇし。もしかしたら豊より高いかもな」
「じゃあダメじゃんね」
と幸希が水を差すけど、勇馬は「身長差なんて関係ないだろ」と返す。「ちなみに性格は……しっかりしてるぞ。真面目って感じではないけど、きっちりはしてると思う。豊に合ってるかもな」
「テキトー言わないでよ!」と幸希が声を荒らげる。「無責任なこと言わないで」
勇馬は幸希を一瞥し、肩をすくめる。「そうだな。俺がああだこうだ言うのは違うな。スマン」
「でも、なんとなくな性格はわかったよ」僕は言う。「ありがとう」
「面倒見もよさそうだからな。豊みたいなタイプが気になるのかもな」
「…………」そうか。
「ま、とりあえず帰ろうぜ。ここで考えてても仕方ないしな」
勇馬の一声で、僕達は教室をあとにする。重たい思考を教室に置き去りにしてしまいそうになりながらも、置き去りにしたくなるけれど、僕はちゃんと帰宅してしっかりと考えなければならないのだ。
僕が黒江さんと付き合えば、幸希からの接触を封じることができるだろうか? できるだろう。僕は黒江さんの彼氏になるわけだから、幸希が執拗に接触してくることはなくなるはずだ。では、僕の幸希への感情は掻き消せるだろうか? わからない……が、もしかしたら黒江さんで上書きをすることは不可能じゃないかもしれない。僕が生まれて初めて抱え込んだこの感情は、それこそ生まれたてでまだあやふやに違いない。だから、黒江さんを幸希に見立てることを繰り返していけば、僕の不確かな想いぐらいすぐに消えてなくなる気もしないではない。幸希は可愛らしい女の子だけど、黒江さんだって勇馬が褒めるくらいには綺麗な女子だ。代わりにはきっとなる。
帰り道、勇馬が尋ねてくる。「豊は女子と接するの、問題ねえのか? 知らない女子だと緊張するんじゃなかったか?」
「…………」
そこが問題だ。問題ありなのだ。僕は幸希以外の女子にはまったく心を許せそうになくて、未だに苦手で、その点が非常に問題なのだ。慣れるしかない。社会勉強だ。僕もいつまでも幸希や勇馬の内側に隠れていてはいけないのかもしれない。
「豊にいきなり男女交際は厳しいんじゃない?」と幸希が僕や勇馬から顔を背けつつ言う。
「それでも豊の成長には繋がるかもな」と勇馬。
「好きでもない子と付き合ったって成長にはならないよ」
「そのうち好きになるかもしれないし、そういう恋愛もありだろ」
「……私は豊に、告白を受けるかどうか悩むような子となんか付き合ってほしくない」
「出だしなんて些細なもんだろ。そのあとどうなるかじゃないか?」
「うるさい!」と幸希がまたいきなり怒鳴る。「だったら……」
「…………」
「だったら……」
幸希は口ごもり、何か言いたそうだけど、やがて黙る。
僕は気まずくなり「ケンカしないで」とだけなんとか言う。僕が黒江さんと付き合うかどうかで、既に交際中の二人がヒートアップするというのも奇妙な話だ。本来なら二人にとって、僕が付き合うかどうかなんて究極的にはどうだっていい事柄なのだ。
それでもどちらかというなら、幸希は僕に付き合ってほしくないと考えていて、勇馬は付き合ってもいいんじゃないかというふうに考えているっぽい。だから二人の間で白熱してしまうのだ。僕を心配してくれている幸希、僕の成長を期待してくれている勇馬。
でも、二人の意見のどちらを支持するかじゃない。僕がどうしたいかだ。僕がその選択をすることで、僕達の関係性がどう変化するかだ。そこが一番重要だ。僕が黒江さんを好きかどうかは……正直全然知らない人だからなんとも言えないし二の次でいい。仲良くなれるかはそれこそ勇馬じゃないけれど、これから次第だ。