贖罪の百鬼夜行(しょくざいのひゃっきやこう) その1
【あらすじ:都では二年前から定期的に百鬼夜行が起こっていたことを知った時平様は、怖いもの見たさと好奇心から百鬼夜行見物をねだる私を仕方なく連れていくことにした。鬼の行列の本当の意味とは?時平様は今日も自分を勇気づける。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は真実を知ることは凹むよね!というお話(?)。
ある日、いつものように大殿が若殿を呼び出して
「太郎、先の辰の日にな、真夜中に朱雀大路を通りかかったある貴族・藤原恒楽がな、また見たらしい。」
私は『何を?勿体付けるのは大殿の悪い癖だ!』と思いながら聞いていると若殿が
「何ですか?『また』ということは以前にもあったことですか?」
大殿はめずらしく怯えた表情で
「鬼だよ!百鬼夜行だ!」
私は『えぇっ!あの有名な鬼の行列っ!』とすっかり興奮した。
若殿が厳しい顔で
「確か十数年前、父上の従兄弟にあたる藤原常行様が大納言であった頃、美福門周辺で東大宮大路の方から歩いてくる100人ほどの鬼の集団に遭遇したと聞きました。」
私の知識では『藤原常行様は愛人のもとへ行く途中で、乳母が阿闍梨に書いてもらった尊勝仏頂陀羅尼(尊勝陀羅尼)を縫いこんであった服を着ていたので、これに気がついた鬼たちは逃げていった。』ということ。
鬼100人ぐらいでは藤原常行様の愛人通いは止められない!多分。
藤原常行様は信心深い乳母のおかげで命が助かったが、普通は百鬼夜行に遭うと死ぬらしい。
ふと『あれ?』と思って
「大殿、百鬼夜行に遭うと死ぬと聞きましたが、大殿に知らせた貴族は生きてるってことでしょう?」
と言うと、大殿がまだ怯えた表情で
「だが、その祟りでこの先が長くないかもしれんだろう?何しろ藤原恒楽の話では『この世のあらゆる生き物の中で最も醜い姿をした鬼たちが、ゆっくりと朱雀大路を歩いていった』と言っていたからな。」
と肩をすくめて首を横に振った。
私は遭うと死ぬかもしれない怖さもあったが、こっそりと、陰から、ちょっとだけ、薄目で、見る分には大丈夫なんじゃない?と思ったので若殿に
「ちょっとだけ見たいですよね?死なない程度に陰から片目だけで見ましょうよ!」
と言うと、若殿がう~~んと渋っていたが、私が
「鬼たちの正体がわかるかもしれませんし、そしたら誰かが鬼に襲われるのも防げるかもしれませんよ!」
とありったけの正論を説得に使うと、若殿は
「では、まず命があるうちに藤原恒楽に話を聞きに行こう」
と乗り気になった。
藤原恒楽は百鬼夜行の恐怖がまだ残っているのか、蒼白な、各部品が小さい、のっぺりとした顔の三十ぐらいの男だった。
「さきの辰の日に、愛人のところへ通う途中、朱雀大路を取りかかりましたところ、鬼の行列に出くわしまして。」
藤原恒楽が身震いしながら話すと、若殿が
「どんな様子でしたか?」
「それはもう!恐ろしいさまでした!月明かりでぼんやりとしか見えませんが、地獄絵にあるような、手足がやせ細り、腹だけが膨らんだ鬼や、身体中にイボが生えた鬼、両手のない鬼、荷車に乗せられた手足の萎えた鬼、一つ目の鬼、一つ足の鬼、全身の色が青い鬼、見てるだけで恐ろしさに気絶しそうでした。」
若殿が眉をひそめ不思議そうに
「鬼は何のために朱雀大路を歩いていたのですか?」
藤原恒楽は意外な質問だなと驚いたように
「さぁ?鬼の行列に目的なんてあるんでしょうか?誰かを呪うためですか?復讐したい相手が都にいるからとか?」
と言う。
藤原恒楽は私と若殿が熱心にジーっと顔を見つめているのに気づいて、
「えっ?私を呪うため?まさかぁ!そんな覚えはありません。鬼に恨まれるようなことは何もしてませんよ!」
と手を横に振った。
私が我慢できず
「でも!百鬼夜行を見れば死ぬと言われてるんでしょう?それ以来、体調がおかしくなったんじゃないですか?ねぇ!思い当たらないですか?」
と興味津々で聞くと藤原恒楽は不機嫌そうに
「何という子供だ!私は至って健康だ!鬼に遭ったぐらいで死ぬはずない!」
と言い放った。
(その2へつづく)