異同の深緋(いどうのこきあけ) その2
憂志原の屋敷の侍所で無慈丸を待つ間、若殿は、警備の下人を捕まえて無慈丸について尋ねた。
「無慈丸はどんな男だ?乱暴な男なのか、優しい男なのか?」
私もどっちが本当の無慈丸なのか?が疑問だったので警備の下人の答えをジッと聞いている。
警備の下人は初老の皺の多い顔にさらに口の横に皺を作って笑い
「はははっ!無慈丸が乱暴ですって?とんでもない。あいつはここに勤めて二十年になりますが、あいつが乱暴な事をしているところを見たことも聞いたこともありません。」
私が思わず
「でも、大人しくていつも一人でいるような人で、ある日突然キレて子供や動物に暴力をふるう事ってあるじゃないですか?そういう怒りや不満をため込むタイプの人じゃないんですか?」
と言うと、警備の下人は
「いや~~、あいつは一人でいるよりみんなとワイワイするのが好きで、よく一緒に酒を飲みにあいつんちにいったりしてるよ。不満や怒りをため込む?そんなんじゃない。よく笑う人付き合いのいい、誰にでも優しい男さ。」
藁運びの男のいう事と全然違うじゃん。
どっちが正しいの?と困惑した。
でも同じ屋敷の使用人の方が仲がよさそうだからやっぱり無慈丸は優しいいい人なの?
若殿が
「無慈丸の牛小屋の藁を換える藁運びの男はどんな男だ?腕に怪我をしていたようだが?」
警備の下人は眉をひそめ
「あぁ~~掏裡丸ですか。あいつはケチな博打好きの男ですよ。あいつの方がどっちかと言うとタチの悪い男です。ちょっとした盗みや借金の踏み倒しは悪気なくやるやつです。」
ということは無慈丸は優しい人?じゃあ子供の指を折ったのは誰なの?とますます謎が深まった。
若殿が一応聞いてみるという風に
「無慈丸が最近暴力的になったという事はありませんか?何かのきっかけで人が変わったようなことは?」
警備の下人は少し考えこんだ。
「そういえば、最近、原因不明の全身痛のような病気で一月ほど寝込んでいました。何をしても全身の筋肉が痛くて動けなくなったようですが、日ごろの行いがいいので、使用人の仲間が交代で看病しました。
その甲斐あって今では元気にしています。人が変わったと言えば、その病のあと少し笑顔が減りましたね。人当たりがいいのは同じですが、まだ痛むのか機嫌が悪そうな顔をしてることが多いです。」
「子供の指の骨を折ってもおかしくないですか?」
警備の下人は首を横にふり
「いいえ!そんな惨いことはしませんよ!自分が辛くても、他人を苦しめて平気な人間じゃありません。他人の痛みを自分の事のように考える男です。掏裡丸にもよく銭を貸していたし、飢えた人には自分の食べ物すら分け与えました。」
・・・私も無慈丸に菓子を分けてもらいたい、と指をくわえた。
でも、そこまで優しい人なら腹黒い人間に利用され銭から何から搾り取られそうだが?大丈夫なんだろうか?と思った。
そうこうしてるうちに無慈丸が侍所に現れた。
無慈丸はガッチリとした体格の四十ぐらいの男だが、最近患った病のせいか表情は沈み、やつれていた。
若殿を見て頭を下げ無表情に
「何の御用でしょう?」
とポツリと言った。
若殿が
「なぜ掏裡丸の腕を切り付けたんですか?」
えぇっ?!と私は驚いたが、無慈丸は無表情に若殿の顔を見つめたまま
「あいつが言いましたか?ではあいつが何をしたかご存じですか?あいつは私の牛に毒のあるトリカブトを食わせようとしたんですよ。借金の返済を迫ったぐらいのことで。以前、私の小屋に空き巣に入りケチな小銭を盗んだくらいでは見逃したが、牛を殺そうとするとは許せない。
だから二度と手が仕えないようにしてやった。腱を切ったから握るぐらいのことはできても器用に指を使うことはできんでしょうな。これで空き巣もできない。いい気味です。」
怒りのこもった声で静かに言った。
えぇ?!やっぱり悪い人だったの?!と驚いたが、じゃあ子供の指の骨も無慈丸のせい?
若殿が
「なぜ子供の指の骨を折ったんですか?」
無慈丸は無表情で
「掏裡丸と似たような理由です。私の銭の入った巾着を掏ろうとしたんですよ。あんな十にも満たない子供が、泥棒の真似をするなんて!あんな指は使えないほうがいい。」
理由があるとは言え、腱を切って手を使えないようにするとか、子供の指を折るとか残酷すぎて全然優しい人じゃない!!みんな今までずっと騙されていたんだ!とショックを受けた。
私の周りにも優しそうに見える人がいたらある日突然、豹変するかもしれないから気をつけよう!とチラリと若殿を見た。
若殿が私の視線など感じてもいないように
「全身痛の病のせいですか?何があったんですか?」
病が原因で変わったの?そういえば、頭を強く打つなどの外傷で人格が変わるとか、一度死にそうになると人格が変わるというのは聞いたことがある。
あと、毒が脳に回るとか、虫が脳に回るとかでも人格は変わるので、無慈丸は病のせいで脳に傷を負って人格が変わったの?
(その3へつづく)