千金の下肥(せんきんのしもごえ) その3
と若殿がある子に聞くと
「慈屋仁権大僧都はこの寺で一番偉い人で、気に入られると一番いい僧房を与えられ、食事も好きなものを食べられるし、修行や掃除などの嫌な事をしなくていいし、何をしても他の僧侶からも怒られないんだ。」
と言う答えだった。
「それに、慈屋仁権大僧都に気に入られると法会のときにも延年(舞楽や散楽、台詞のやりとりのある風流、郷土色の強い歌舞音曲や、猿楽、白拍子、小歌など、貴族的芸能と庶民的芸能が雑多に混じり合ったもの)でいい役をもらえたりするんです!」
とまだ十歳にも満たない稚児が教えてくれた。
私が
「じゃあみんな慈屋仁権大僧都のお気に入りになりたがっているの?」
と聞くと、少し年長の子供たちは顔を見合わせてニヤニヤして『さぁ?』という顔をしているが、小さい子たちは目を輝かせて『ウン!』と頷いた。
若殿は一気に暗い、厳しい表情になって
「慈屋仁権大僧都に話を聞くしかないな」
と呟いた。
慈屋仁権大僧都はその日は法会で出かけており、明日帰るというで、我々はその日は寺に宿泊させてもらうことにした。
慈屋仁権大僧都が法会に出かけた先の貴族の屋敷で自殺したという一報を受けたのは、翌日の朝だった。
若殿は許可を得て慈屋仁権大僧都の僧房を調べていると、則之がそこに現れ突然
「ボクが慈屋仁権大僧都を殺したんだ」
と言った。
私は『えぇっ!!』と驚いて
「どうやって?だって出かけた先で死んだんでしょう?時間差で効く毒でも盛ったんですか?」
則之は肩をすくめニヤニヤと笑いながら
「慈屋仁権大僧都がボクを捨てて惟時と篤丸に乗り換えたからね。」
私はそれにも『えぇっ?!どーゆーこと?』と驚いたけど若殿が則之に向かって
「慈屋仁権大僧都は首を吊って自殺したと聞いたが、どうやって首を吊らせたんだ?」
則之は初めて聞いたようで目を丸くして
「そうなのか・・・。じゃあボクが殺したというのは無理があるな。残念。ボクが殺したかったのに。」
と呟いた。
私は『なぜ?ボクが殺したかったの?慈屋仁権大僧都が乗り換えたってどーゆーこと?お気に入りのこと?』と頭の中が疑問でいっぱいだった。
若殿が見つけた一枚の紙をヒラヒラさせ
「この遺書を読めば慈屋仁権大僧都の自殺の原因と稚児たちの非行の原因がわかるだろう」
と言った。
その遺書には次のように書いてあった。
「篤丸の起こした事件により篤丸や惟時やほかの子供たちが私のした事に深く傷ついていることが分かった。」
と若殿がここまで読んで私が
「篤丸の起こした事件て何ですか?篤丸が犬を殺したのは昨日の話で慈屋仁権大僧都が遺書を書いたのはその前日なので知らないハズでしょう?」
若殿が険しい表情で
「惟時の局所を噛みちぎろうとしたのは犬ではなく篤丸だ」
私は『えぇぇっ!』と驚いて
「どういう事ですか?」
若殿が
「続きを読めばわかる。」
と言うので読んでくれるのを大人しく聞くことにした。
(その4へつづく)