千金の下肥(せんきんのしもごえ) その2
だけど、素行が悪い子たちというなら友達にはなれないかなとも思った。
・・・でも、アレ?と思って惟時はたしか宮の子息だし、則之も高い身分の貴族の子息だから、本来、素行は悪くないのでは?じゃあ原因は篤丸じゃないの?篤丸が感化して惟時と則之を不良にしたのでは?と偏見マミレで考えた。
そうこうしてるうちに、呼び出された則之が我々の前に現れた。
則之は緋色の水干に稚児髷という頭の上で一つにくくった髪を二束に分けて円く垂らしてまた一つに集めた髪型をしていた。
歳は十三だというが、少女かしらと見紛うぐらい手足が細く、切れ長な目が涼しげで筋の通った鼻と薄い唇の少年だった。
その目からは感情が読み取りにくく、ただ目が合うと何とも言えない魅力に惹きつけられ目が離せなくなった。
則之が目の前に胡坐をかくと同時に若殿が
「惟時が犬に襲われたときの様子を話してくれるか?」
則之は無表情で
「ええと、夜に惟時の僧房で篤丸を含めた三人で遊んでいると、犬が外から入ってきたので、夕餉の残り物の魚の骨をあげてたんだ。そしたら惟時に襲い掛かって噛みついたんだ。」
若殿が眉を上げ
「その犬はいつも餌をあげているのか?懐いているならなぜ局部に噛みついたんだ?」
則之は口の端をゆがめて
「そうそう。懐いているから局部に噛みついたんだ。ハハハ!惟時がね、面白がっていつも舐めさせていたんだよ!その時はきっと、たまたま犬の機嫌が悪かったんだ!ハハハ!」
と目は笑っておらず口先だけで笑いながら言った。
・・・でも犬に局部を舐めさせる遊びをいつもしてたなら噛まれてもおかしくないなと納得した。
若殿も納得したように
「もう二度とそんな馬鹿な遊びはしないだろうが、その犬はまだ外にいるのか?」
則之は肩をすくめどうでもいいという風に
「さあね!知らない。」
と言ったので、その投げやりな雰囲気が周囲の子供たちにとって魅力でもあり、悪行を誘発する原因でもあるのかなぁと思った。
そのとき、法堂近く回廊の方から
「こらっ!そんなものを寺内にもちこむな!何を考えてる!殺生は禁じているだろう!」
と言う声がし、さっきの僧侶が慌てて顔を見せ
「あの・・・篤丸が犬の死骸を持ち込もうとしまして、咎めたのですがそのままこちらへ向かおうとしています。」
と言うので、若殿と私は急いで回廊へ向かった。
回廊には犬の死骸を片手に持った少年がいて、首元の毛が血で濡れた狐ぐらいの大きさの犬はぐったりしていた。
乾きかけた血が毛にこびりついて、錆のような血の臭いと強い獣臭が鼻をついた。
少年の手にも血がこびりついていたが、少年は気にする様子もなく、若殿に向かって
「惟時を襲った犬はおれが殺した。もうここには何の問題もありません。帰ってください。」
とニヤリと笑った。
篤丸は頬にも犬の血をつけてはいるが、彫りの深い目元には長い睫毛に縁どられた黒目がちの目があり、濃い眉毛は太くくっきりとしていて、形の良い鼻と口はバランスよく並んだ、美しい顔立ちの少年だった。
篤丸は十二歳だというが、私より頭二つ分背が高く、手足にはシッカリと筋肉がついていたが、どことなく柔らかい子供らしい体つきだった。
私は篤丸の狂気じみた行動に背筋が寒くなったが、この寺内ではもしかしてこんな異常事態が日常化しているのでは?と疑った。
則之が篤丸に駆け寄り、腕を腕に絡めて篤丸の手をとって見て
「あ~~あ!手が血だらけじゃないか!ボクが洗ってあげるよ!さあ行こう!」
と連れ立っていった。
私は若殿に
「何か、ここの雰囲気ってちょっとおかしいですよね?」
若殿も考え込みながら頷いた。
入門した他の子どもたちにも話を聞いてみたが、その中には
「則之は同性愛者だ」
という話や
「惟時と篤丸は則之をめぐって殴り合いの喧嘩をした。」
という話や
「惟時と篤丸が来る前は、則之は慈屋仁権大僧都のお気に入りだったのに、二人が来てからはお気に入りの座を惟時と篤丸に奪われた」
という話があった。
「慈屋仁権大僧都というのは誰?」
(その3へつづく)