錦秋の小倉山(きんしゅうのおぐらやま) その1
【あらすじ:時平様の元に届いた一首の和歌は父君の小倉山遊山に水を差す出来事を暗示しているのか?錦の帷で有名な小倉山はいにしえの人々の心をつかんで離さないがそれは紅葉だけのせい?時平様は今日も慎重を期す。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は秋といえば紅葉が照り映える山ですよね!というお話(?)。
ある日、若殿の元へ一通の文が届いた。
文を読んだ若殿が変な顔をしているので私が横からのぞき込むと文面は
「小倉山 峰のもみぢ葉 逢はざれば 明日をかぎりの 命とならん」
(峰の紅葉が美しい小倉山で逢わなければ、明日、命が無くなることでしょう)
と一首の和歌が記してあった。
私は
「差出人の名前もないですね?若殿、心当たりがあるんですか?」
若殿は首を横に振り
「明日、小倉山と言えば、父上が明日小倉山へ紅葉を見に出かける予定だが、暗殺予告とでもいうのか?」
と考え込んだ。
暗殺されたら大変!と明日の予定を中止するように若殿が大殿に文の内容を話すと大殿は
「嫌じゃ。明日は絶~~~対っ、小倉山に紅葉を見に行く!」
と頑なに言い張る。
仕方がないので若殿と私も大殿について小倉山に行くことになった。
小倉山は京の都の西、桂川の北岸に位置する小さい山。
東のふもとには嵯峨野、北東のふもとには古くから葬送の地として知られる化野がある紅葉の名所の山。
山のふもとで馬を下り人に預けて、我々一向は山道を歩いて登ることにした。
大殿と従者の松野、若殿と私の四人で道端の木々の赤や黄に色づいた葉を見ながらゆっくりと山を登った。
山中の澄んだ、瑞々しくひんやりとした秋の空気は気持ちよかったが、枯れ葉のすこし黴臭いような土の匂いには冬の気配を感じ寂しさを覚えた。
運動不足気味の大殿と私は早くも息が切れ、苦しい呼吸になったので、ちょうど現れた開けた場所で休憩することになった。
そこからは下の景色が一望でき、いろいろなグラデーションの赤や黄色がときどきある緑に混じった山腹が見渡す限り続いていた。
私たちが景色を眺めて乱れた呼吸を整えていると、後から登ってきた歳は三十前と思われる男性二人が若殿に話しかけた。
その二人は狩衣、指貫、深靴と我々と似たような恰好で、下賤の身分ではないように見えた。
一人が
「私は石上樫継と申すもので、こっちは従者の苦木丸です。お見かけしたところ名のある大臣家のご子息ではないですか?私もじつは京官なのです。大蔵省掃部司に属しています。」
若殿が少し違和感を覚えたようだったが、石上樫継は続けて
「後であなたに紹介したい者がいるので、お時間をいただきたい」
とにっこり微笑んだ。
石上樫継は切れ長な目をした細長い顔が特徴の男で、従者の苦木丸は色黒であごの角ばった肩幅の広い男だった。
遠くから
「お~~い!」
と呼ぶ声がして、そちらをみると大殿が店先の腰かけに座りこちらに手を振っている。
我々も茶屋で休憩することにした。
少し待って店主が団子と茶を持ってきたのだが、大殿に給仕するその手がブルブルと震え、顔をみると額に汗がびっしりと浮かんでいた。
若殿が店主の様子を怪しんで私の方を向き、腰かけの毛氈におかれた私の団子を見て、顔を上げ私に向かって首を横に振った。
・・・多分、若殿は私に『団子を食うな』と指示したんだと思う。
が、私は口にあふれるヨダレを飲み込むだけで我慢できるかどうか。
指をくわえて指示に従うかを悩んでいると、若殿は
「父上、店主の様子がおかしいので団子に異常がないかを店主に確かめてまいります。」
と言って大殿と若殿の分の団子を持って店の奥へ入っていった。
私が団子を見つめながらジリジリと我慢していると、店の横からヒソヒソと話声が聞こえたので盗み聞きしにいくと先ほどの石上樫継の声で
「・・・馬鹿なことをしようとするな!そんなことしてどうなる?あいつを殺してもお前の得にはならん。うまくあいつに取り入ることができれば、我が家は安泰なのだ。」
怒られているのは苦木丸かな?と思ったがちらりと顔を出して覗いてみても二人の姿はどこにも見えなかった。
おかしいな声はこっちから聞こえたのにと思いながらもハッとして『もしかして、店主が団子を給仕する時、動揺していたのは苦木丸が団子に細工をしたのを知っていたせいかな?』とひらめいた。
ちょうどそのとき、若殿が帰ってきたので
「どうでした?店主はなぜ様子がおかしかったんですか?」
若殿は腑に落ちないという顔で
「それが、団子の材料の粉に古いものを使ったのがバレるんじゃないかと心配して動揺したと言っていたが。」
なんだぁ・・・食あたりを心配してたのか。
どれほど古い物でも私の鋼鉄の腹は大丈夫!と団子を食べ始め、あっ!と思い出したのでさっき聞いた石上樫継のナイショ話をすると、若殿は考え込んで
「確かに石上樫継は怪しい。あいつの言った大蔵省掃部司は弘仁十一年(820年)に職掌の同じ宮内省内掃部司と統合されて、宮内省掃部寮になったはずだ。」
と言った後チラリと私を見て
「・・・ってお前!毒が入ってるかもしれないものをよく食べられるなぁ」
とあきれた。
「石上樫継が苦木丸を止めたから大丈夫ですよ!」
と私は美味しく最後までペロリと団子を頂いた。
団子に満足して茶をすすっているといつのまにか石上樫継が若殿の前に立って話しかけており、若殿が
「石上樫継が会わせたい人物がいるというので行くがお前はどうする?」
私はもちろんついていきます!と頷くと、若殿が大殿に向かって
「少し席を外します。」
大殿は松野と話し込みながら目だけを若殿の方に向け頷いた。
山道を少し上ると、細い脇道に誘導され、そこを少し下るとまた木々がなくて草が生い茂る開けた場所に出た。
市女笠をかぶり、少し時代遅れの意匠だが良い仕立ての壺装束姿の華奢な女性がそこで待っていた。
(その2へつづく)