表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/367

錦秋の小倉山(きんしゅうのおぐらやま) その1

【あらすじ:時平様の元に届いた一首の和歌は父君の小倉山遊山に水を差す出来事を暗示しているのか?錦の帷で有名な小倉山はいにしえの人々の心をつかんで離さないがそれは紅葉だけのせい?時平様は今日も慎重を期す。】

私の名前は竹丸。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭・藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

歳は十になったばかりだ。

 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿(わかとの)は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は秋といえば紅葉(もみじ)が照り映える山ですよね!というお話(?)。

 ある日、若殿(わかとの)の元へ一通の文が届いた。

文を読んだ若殿(わかとの)が変な顔をしているので私が横からのぞき込むと文面は


小倉山(おぐらやま) (みね)のもみぢ() ()はざれば 明日(あす)をかぎりの (いのち)とならん」

(峰の紅葉が美しい小倉山(おぐらやま)で逢わなければ、明日、命が無くなることでしょう)


と一首の和歌が記してあった。

私は

「差出人の名前もないですね?若殿(わかとの)、心当たりがあるんですか?」

若殿(わかとの)は首を横に振り

「明日、小倉山(おぐらやま)と言えば、父上が明日(あす)小倉山(おぐらやま)へ紅葉を見に出かける予定だが、暗殺予告とでもいうのか?」

と考え込んだ。

暗殺されたら大変!と明日の予定を中止するように若殿(わかとの)大殿(おおとの)に文の内容を話すと大殿(おおとの)

「嫌じゃ。明日は絶~~~対っ、小倉山(おぐらやま)に紅葉を見に行く!」

(かたく)なに言い張る。

仕方がないので若殿(わかとの)と私も大殿(おおとの)について小倉山(おぐらやま)に行くことになった。


 小倉山(おぐらやま)は京の(みやこ)の西、桂川(かつらがわ)の北岸に位置する小さい山。

東のふもとには嵯峨野(さがの)、北東のふもとには古くから葬送の地として知られる化野(あだしの)がある紅葉の名所の山。

山のふもとで馬を下り人に預けて、我々一向は山道を歩いて登ることにした。

大殿(おおとの)と従者の松野(まつの)若殿(わかとの)と私の四人で道端の木々の赤や黄に色づいた葉を見ながらゆっくりと山を登った。

山中の澄んだ、(みず)々しくひんやりとした秋の空気は気持ちよかったが、枯れ葉のすこし黴臭(かびくさい)いような土の匂いには冬の気配を感じ寂しさを覚えた。

運動不足気味の大殿(おおとの)と私は早くも息が切れ、苦しい呼吸になったので、ちょうど現れた開けた場所で休憩することになった。

そこからは下の景色が一望でき、いろいろなグラデーションの赤や黄色がときどきある緑に混じった山腹が見渡す限り続いていた。

私たちが景色を眺めて乱れた呼吸を整えていると、後から登ってきた歳は三十前と思われる男性二人が若殿(わかとの)に話しかけた。

その二人は狩衣(かりぎぬ)指貫(さしぬき)深靴(ふかぐつ)と我々と似たような恰好で、下賤(げせん)の身分ではないように見えた。

一人が

「私は石上樫継(いそかみかしつぐ)と申すもので、こっちは従者の苦木丸(にがきまる)です。お見かけしたところ名のある大臣家のご子息ではないですか?私もじつは京官(きょうかん)なのです。大蔵省(おおくらしょう)掃部司(そうぶし)に属しています。」

若殿(わかとの)が少し違和感を覚えたようだったが、石上樫継(いそかみかしつぐ)は続けて

「後であなたに紹介したい者がいるので、お時間をいただきたい」

とにっこり微笑んだ。

石上樫継(いそかみかしつぐ)は切れ長な目をした細長い顔が特徴の男で、従者の苦木丸(にがきまる)は色黒であごの角ばった肩幅の広い男だった。

遠くから

「お~~い!」

と呼ぶ声がして、そちらをみると大殿(おおとの)が店先の腰かけに座りこちらに手を振っている。

我々も茶屋で休憩することにした。

少し待って店主が団子と茶を持ってきたのだが、大殿(おおとの)に給仕するその手がブルブルと震え、顔をみると額に汗がびっしりと浮かんでいた。

若殿(わかとの)が店主の様子を怪しんで私の方を向き、腰かけの毛氈(もうせん)におかれた私の団子を見て、顔を上げ私に向かって首を横に振った。

・・・多分、若殿(わかとの)は私に『団子を食うな』と指示したんだと思う。

が、私は口にあふれるヨダレを飲み込むだけで我慢できるかどうか。

指をくわえて指示に従うかを悩んでいると、若殿(わかとの)

「父上、店主の様子がおかしいので団子に異常がないかを店主に確かめてまいります。」

と言って大殿(おおとの)若殿(わかとの)の分の団子を持って店の奥へ入っていった。

私が団子を見つめながらジリジリと我慢していると、店の横からヒソヒソと話声が聞こえたので盗み聞きしにいくと先ほどの石上樫継(いそかみかしつぐ)の声で

「・・・馬鹿なことをしようとするな!そんなことしてどうなる?あいつを殺してもお前の得にはならん。うまくあいつに取り入ることができれば、我が家は安泰なのだ。」

怒られているのは苦木丸(にがきまる)かな?と思ったがちらりと顔を出して覗いてみても二人の姿はどこにも見えなかった。

おかしいな声はこっちから聞こえたのにと思いながらもハッとして『もしかして、店主が団子を給仕する時、動揺していたのは苦木丸(にがきまる)が団子に細工をしたのを知っていたせいかな?』とひらめいた。

ちょうどそのとき、若殿(わかとの)が帰ってきたので

「どうでした?店主はなぜ様子がおかしかったんですか?」

若殿(わかとの)は腑に落ちないという顔で

「それが、団子の材料の粉に古いものを使ったのがバレるんじゃないかと心配して動揺したと言っていたが。」

なんだぁ・・・食あたりを心配してたのか。

どれほど古い物でも私の鋼鉄(こうてつ)の腹は大丈夫!と団子を食べ始め、あっ!と思い出したのでさっき聞いた石上樫継(いそかみかしつぐ)のナイショ話をすると、若殿(わかとの)は考え込んで

「確かに石上樫継(いそかみかしつぐ)は怪しい。あいつの言った大蔵省(おおくらしょう)掃部司(そうぶし)は弘仁十一年(820年)に職掌の同じ宮内省(くないしょう)内掃部司(ないそうぶし)と統合されて、宮内省(くないしょう)掃部寮(かもんりょう)になったはずだ。」

と言った後チラリと私を見て

「・・・ってお前!毒が入ってるかもしれないものをよく食べられるなぁ」

とあきれた。

石上樫継(いそかみかしつぐ)苦木丸(にがきまる)を止めたから大丈夫ですよ!」

と私は美味しく最後までペロリと団子を頂いた。

団子に満足して茶をすすっているといつのまにか石上樫継(いそかみかしつぐ)若殿(わかとの)の前に立って話しかけており、若殿(わかとの)

石上樫継(いそかみかしつぐ)が会わせたい人物がいるというので行くがお前はどうする?」

私はもちろんついていきます!と頷くと、若殿(わかとの)大殿(おおとの)に向かって

「少し席を外します。」

大殿(おおとの)松野(まつの)と話し込みながら目だけを若殿(わかとの)の方に向け頷いた。

山道を少し上ると、細い脇道に誘導され、そこを少し下るとまた木々がなくて草が生い茂る開けた場所に出た。

市女笠をかぶり、少し時代遅れの意匠(デザイン)だが良い仕立ての壺装束(つぼしょうぞく)姿の華奢(きゃしゃ)な女性がそこで待っていた。

(その2へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ