鉄砲虫愛づる姫君(てっぽうむしめづるひめぎみ) その4
若殿はニヤリとして
「瑠璃は花から度々贈り物を受け取っていたと言っただろう?」
「瑠璃はその中身を五斑菊吸にすら教えなかったんですよね?なぜですか?いったい何が入ってたんですか?」
若殿はちらりと花の顔色をうかがって
「それはゴトウムシさ。」
というと、花の顔色が変わった。
「ゴトウムシって何ですか?」
「一見すると白い芋虫で、カミキリムシの幼虫のことだ。生木に穴を開けて侵入し成虫になると出ていくが、人が見かけるのは薪を作るときなど木を割った時だ。」
花は青い顔をして
「ええそうよ。売り物にならない材木を薪にしているときに見つかるゴトウムシが瑠璃は幼いころから大好物だったけど、妻になってからは五斑菊吸に変人だと思われたくなくて自由に食べることはできなかったの。だから私が調達してひっそりと送ってあげたのよ。結婚してからもう何十回にもなるわ。」
若殿が花をじろりとにらんで
「あなたはそれを利用して、鶏の糞で汚染したゴトウムシを送ったんじゃないですか?一回だけでは鶏の糞の中にいる病原菌にあたることはなくても、何回も食べればいつか病原菌にあたるはずです。瑠璃の原因不明の病は鶏の糞中にある病原菌が原因です。」
私はゾッとして思わず
「もしかして瑠璃はゴトウムシを生で食べたんですか?」
若殿が頷き
「生で食べた方が美味いという人もいるらしい。」
私は芋虫を食べる事にもショックなうえにそれを生で食べる!と聞いて、背筋がゾクゾクしてしまった。
「でも鶏の糞にある病原菌なら、瑠璃はこのまま死ぬことはないんですか?」
「ああ。よほど症状がひどくならない限り、安静にして水分と塩分をきちんと取れば死ぬ確率は低い。」
・・・早く五斑菊吸に教えてあげたほうがいいな。
若殿は花に向かって
「瑠璃がこのことを知れば、あなたとの友情も終わりですね。そうでなくても五斑菊吸をだまして寝取ったならあなたははじめから瑠璃を親友だと思っていないんでしょう?」
花はフンと開き直って
「そうよ!あの女はいつもいいとこ取りなのよ!材木屋の主のかわいい一人娘でちやほやされて何不自由なく育ったかと思ったら、五斑菊吸のようなイケメン公達に見初められて、妻になっても愛されて!できすぎなのよ!私が五斑菊吸に見初められてたら今頃、愛されてるのは私だったはずなのに!
だから五斑菊吸を寝取ってやったのよ!五斑菊吸がこの先、私に夢中になれば立場は逆転よ!」
と高笑いした。
若殿は皮肉気にニヤリとして花に向かって
「で?うまくいきましたか?五斑菊吸はあなたに夢中になりましたか?関係を持ったんでしょう?将来を約束してくれましたか?」
と煽ると、花は明らかに苛立った不機嫌な顔になり
「何よ!まだ一回しか寝てないからわからないわ!」
と言い放ったが、その不機嫌な様子から結果は火を見るよりも明らかだった。
若殿は薄笑いを浮かべたまま
「そうでしょう。私は瑠璃に会ったことがありませんが、確実にあなたよりは瑠璃を選びます。何より一番気の毒なのはあなたを愛したあなたの夫ですね。」
と言い捨てた。
花は悔しそうに奥歯をかみしめていたが何も言い返さなかった。
私は帰り道、気になったことを若殿に聞いた。
「では白条御息所の庭木に大量発生したカミキリムシも花の仕業ですか?なぜ?」
若殿はジッと考え込んで
「いや、それはそうとも言い切れない。それをする利点が花にはないからな。あるとすればカミキリムシの幼虫を好んで食べる瑠璃を呪う白条御息所はカミキリムシにとっては恩人だから・・・」
「えぇ!カミキリムシが白条御息所に恩を感じて寄ってきたんですか!そんなぁ!」
と口をとがらせ不満を唱えた。
「白条御息所の朽ちた床板が白っぽくなってたのは何ですか?」
「あれはキノコ(白色腐朽菌)の一種だ。あれがないと、木は分解されないままになってしまう。」
私はふうんと思って
「キノコが木を分解するという事は木を食べる一族の秘密って、もしかしてキノコを使うんでしょうか?材木売の一族っていえば、瑠璃もそうですよね?でも瑠璃はカミキリムシの幼虫が大好物で幼いころからずっと生で食べてたんですよね?体は何ともないんでしょうか?」
「カミキリムシの幼虫を食べることで、腸内環境を自分の腸に移すことができれば、カミキリムシの幼虫のように木を消化し、栄養を取り出し吸収することができるかもしれない。」
私は
「え?ということは、つまりどういうことですか?」
若殿が面白そうにフフフと笑って
「木を食べて、飢饉を生き延びる一族の秘密とはゴトウムシを生で食べる事かもしれないぞ」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
牛や山羊などの草食動物やカミキリムシやシロアリの腸内細菌を人間の腸内に定着させれば草や木を食べて生きられるという発想は、皮膚に葉緑体を取り込ませるというSFの発想より現実的な気がしますが、どうでしょう?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。
(*注)そういえばこの時代に鉄砲って無いのでテッポウムシとは言わないですよね多分、ということでゴトウムシと文中では訂正いたします。(題名は鉄砲虫のほうがカッコイイ気がするのでそのままにします。・・・えっ?誰も気にしてません?)