鉄砲虫愛づる姫君(てっぽうむしめづるひめぎみ) その3
次に瑠璃の病の原因が白条御息所の生霊だといった花の話を聞くため花の屋敷を訪れた。
花は官位の低い貴族の北の方だが、その屋敷には家計の足しにするためか、庭に十羽ほどの鶏が放たれていた。
庭の端には鶏小屋があり、箱の前面が格子になっている簡単なもので、中に藁がしいてあった。
「夜には、鶏たちを小屋に入れるんですかねぇ?」
と私が聞くと若殿が
「狐や猫などの獣から守ってやるためだ。」
私は毎日、卵食べ放題?!と羨ましくなった。
花は御簾を上げて対面して、扇で顔を隠すけれどもチラチラと若殿を見るので完全には隠れておらず、細い目やしもぶくれの頬や、おちょぼ口といった特徴の顔が見えた。
値踏みするように上から下までジロジロと若殿を見たと思ったら花は
「頭中将殿は本当にいい男振りでございますわねぇ!惚れ惚れいたしますわ!」
とうっとりと言った。
若殿があまり花と目を合わせないように
「あなたと瑠璃は親友と伺いましたが、いつからの関係ですか?」
花は意外な質問ねという表情で
「そうですわねぇ・・・彼女が稼業の手伝いをして実家で暮らしているときからですから、幼馴染ですわ。家が近所でしたの。」
「瑠璃の稼業というのは?」
「材木売ですわ。うちは親が材木加工の職人でした。」
若殿が眉を上げて驚いたという表情を浮かべ
「五斑菊吸が旅先で瑠璃を見染めたという話は本当ですか?」
花は少し不満げな顔をし
「ええ。そうですわ。私と瑠璃が一緒に清水観音へお参りの旅にでかけ、宿で五斑菊吸と出会ったのですわ。そのころから瑠璃は男の気を引くのが上手でしたの。今だって病だ何だと言って五斑菊吸を心配させて気を引いているんですわ。」
と憎らしげに呟いた。
・・・あんまり仲のいい親友でもなさそう。
若殿が何かを思いついたようにニヤリと笑って
「なぜあなたは瑠璃の病の原因が白条御息所の生霊だと五斑菊吸に言ったのですか?」
花はギロっと若殿をにらみ
「白条御息所の五斑菊吸への執着は誰でも知っている事でしょう?瑠璃が見た顔が白条御息所だったのだから、それ以外に考えられないでしょう。」
若殿は不意に
「それであなたは首尾よく五斑菊吸と関係を持つことができたというわけですね。」
えぇ?!と私は驚いた。
若殿は一体何の話をしてるの?花と五斑菊吸が関係を持ったってどういうこと?とチンプンカンプンで
「白条御息所の生霊が瑠璃に取りついたからってどうして五斑菊吸と花が関係を持つんですか?」
というと若殿は花に向かって
「私から説明しましょう。あなたははまず瑠璃に病を引き起こし、白条御息所の生霊が瑠璃に憑りついて瑠璃を殺そうとしていると五斑菊吸に伝えた。そして五斑菊吸に『このままでは瑠璃は死んでしまうでしょう』と告げた。」
花が焦って口をはさんだ
「それがどうしたっていうの?それに私がどうやって瑠璃に病を引き起こしたというの?」
若殿がフフンと笑って
「あなたは五斑菊吸が瑠璃を失う事を何より恐れていることを利用してこう言ったんじゃないですか?『もし私を寵愛してくれれば白条御息所の生霊は私を呪って、瑠璃の病は私に移るでしょうから、私を寵愛してください』と。」
私は思わず
「えぇ!それを信じて五斑菊吸は花と関係を持ったんですか?」
と言ったが、五斑菊吸のあの憔悴しきった、誰でもいいから瑠璃を助けてくれるなら縋りたいといった様子を思い出してありうるかもと思った。
五斑菊吸のあの狼狽えようは花と関係を持ったからか。
私はあっ!でも!と思い出し
「若殿!じゃあ花はわざと瑠璃を病気にして、五斑菊吸を奪う算段をしたということですね。でも、どうやって花は瑠璃に病を引き起こしたんですか?」
(その4へつづく)