鉄砲虫愛づる姫君(てっぽうむしめづるひめぎみ) その2
若殿が少し考えて、
「最近身の回りで変わったことがありましたか?例えば、香を変えたとか、食べ物を変えたとか、衣を新しくしたとか。」
五斑菊吸は思い出すように考えて
「・・・いいえ。別に変ったことはないと思いますが。」
「誰かにそういった身の回りの品の贈り物をされたこともないですか?」
五斑菊吸は思い当たることがあった様子で
「あぁ!それはあります。妻の瑠璃の親友に花というある貴族の妻がいるんですが、その花が度々妻の瑠璃に贈り物を送ってくれます。」
「中身は何ですか?」
五斑菊吸は怪訝な顔をし
「それが、妻はその贈り物の中身を教えてくれないのです。でもこれが原因ではありませんよ!発熱する以前から何回も届いていますからね。」
「白条御息所とはもうすっかり縁が切れたんですよね?」
と若殿が不意打ちすると、五斑菊吸は表情を曇らせ
「はい。瑠璃を妻にもらう以前に破局していたんです・・・でも・・・」
と何か言いたげなので、私が思わず
「どうしたんですか?白条御息所のことで気になることがあるんですか?」
五斑菊吸は『正直にならないと瑠璃のためにならない!』と腹をくくった表情で
「実は、ある人に瑠璃の病の原因が白条御息所の生霊だと言われたのです。」
若殿が眉を上げ、ほぉ!と興味をひかれた風に
「思い当たる節があるんですか?」
五斑菊吸は心配そうに、だけど急にソワソワと落ち着きがなくなって
「実は瑠璃がうなされたあと、胸の上に乗られて首を絞められた黒いモノの顔が女に見えたといいまして、その容貌をきくと白条御息所にそっくりなのです。」
私は、すごい!生霊ってどうやって飛ばすんだろう!とちょっとワクワクした。
悪口とか、面と向かっては言えないが言いたいことがあるときに飛ばせたら便利だなぁと。
若殿が五斑菊吸の挙動不審に違和感を覚えたのか
「ある人とは誰ですか?」
五斑菊吸が若殿と目を合わせず、キョロキョロと視線を泳がせたかと思うと、汗をかきながら
「ええと・・・あのっそのっ・・・実は、花なんです。白条御息所の生霊が瑠璃に取りついて病をおこしているといったのは。」
五斑菊吸の様子があからさまに怪しいのに気づいた私と若殿は目を見合わせた。
それ以上の情報は五斑菊吸から聞けなかったので、若殿は白条御息所の屋敷を訪ねた。
白条御息所は床に臥せっているというので会えず、若殿は侍女に庭木と腐った床板を調べる許可を白条御息所にもらってくるように頼んだ。
白条御息所が調べる事を許したので、さっそく庭木を見に行った。
庭木にはもう大量発生した虫の姿はなかったが、クリの木やイチジクの木に直径三分(1cm)ぐらいの穴がたくさん開いていた。
若殿がアッと声をあげ
「ここにいるぞ!これはカミキリムシだ。」
と指さした先には、二寸(6cm)ぐらいの黒い細長い体の甲虫で黄色い点々の筋状の模様がある触覚がやたら長い虫がいた。
「穴を作ったのはこれですか?」
若殿がうんと頷いて、
「でも、なぜこれが大量発生したんだろう。」
と首をひねった。
その後、屋敷に上がり、腐った床板を調べに行くと、穴が開いた部分の木は白く変色していることが分かった。
若殿は
「湿気が多いと木が朽ちてこうなるんだ。」
とこれは別に不思議なところはない様子だった。
(その3へつづく)