鉄砲虫愛づる姫君(てっぽうむしめづるひめぎみ) その1
【あらすじ:正室が原因不明の病で倒れたあるモテ男貴族は、元恋人の高貴な女性の生霊の仕業を疑うが、それも陰謀めいて怪しい。時平様は硬い木の皮の奥にある、美味しい真実をかみ砕いて取り出す。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は飢饉への備えには色々ある?というお話。
ある日、大殿が若殿に向かって
「今年は日照りによる不作で飢饉がおきるかもしれないぞ。各地からの年料舂米(諸国より毎年一定量の舂米を中央に貢進させる制度、またその舂米)が不足すれば都の混乱は避けられんな。」
「今から、不作を回避できそうな国に、不動穀(国府にある備蓄穀物)の貯蔵量を確認するよう通達します。」
大殿は『うむ。』と頷いて、続けて
「そういえば、穀物がわりに木を食える一族というのがいるらしいな。」
私はびっくりして思わず
「えぇ!木の実じゃなくて?人間でも木が食べられるんですか?!」
と口をはさんでしまった。
若殿がうんと頷いて
「私も聞いたことがあります。ある材木売の一族で、飢饉の際にはその家族は扱っている木材を食べて飢えをしのいで生き残ったとか。」
大殿が
「何か特殊な才能でも代々受け継いでいるのかのう?」
若殿が
「それとも、木から栄養を取り出す秘密の方法でも知っているのでしょうか?」
私は
「木が食べれるとなると飢饉なんて怖くないですね!木なんてそこら中にあるし、食べれるなんて究極の人間ですよね~~!一度その人たちに会ってみたいです!」
と感心した。
大殿が思い出したように
「木といえば、白条御息所の屋敷の庭木に虫が大量発生して困っておるらしいな。それと、床板が腐って抜け落ちるなど木にまつわる不都合が続いているらしいと聞いた。」
「虫の大量発生はクリやクヌギ、ヤナギの木ですか?」
「よくは知らんが、そういえば白条御息所はそのせいかどうか気鬱がつづいて、臥せったり起きたりしているらしい。その元恋人である貴族・五斑菊吸の正室・瑠璃も原因不明の病で寝込んでおるらしい。お前・・・」
若殿はチラリと大殿の顔を見て、大殿が言い終える前に
「五斑菊吸の屋敷に行って瑠璃の病の原因と白条御息所の屋敷の虫の大量発生を調べろという事ですね。」
大殿がニコニコして
「物分かりが早いのぉ!」
と扇で手を打った。
五斑菊吸の屋敷に向かう途中、気になった私は若殿に
「白条御息所といえば故・清和院の妃でしょう?貴族・五斑菊吸と恋人関係だったんですか?」
若殿は面倒くさそうに
「そうらしい。白条御息所は美しく気品があり教養も知性もあるが、嫉妬深い人で、年下の五斑菊吸に惚れ込んで色々教えて五斑菊吸を立派な公達にしたというのに、五斑菊吸は彼女のプライドが高いのを疎んじて通わなくなり結局、破局したらしい。」
「典型的なモテ男公達ですねぇ。瑠璃は夫が多情なので病気になったのではないですか?」
若殿は眉をひそめて
「いや、そうでもないらしい。最近、五斑菊吸の女遊びは前より減ったらしいからな。瑠璃と結婚してからはすっかり落ち着いたと聞いた。瑠璃は京の官人の姫ではなく、旅先で見つけた娘さんを気に入って妻にしたらしい。」
・・・一目惚れでナンパ?よっぽどお気に入りの女子が旅先にいたのか。
京に連れ帰ってもちゃんと愛し続けるなんて純愛だなぁと思った。
五斑菊吸の屋敷で対面すると、普段なら美男子だと思われる頬がすっかりこけて、目の下に隈ができ、五斑菊吸の心労が手に取るように分かった。
五斑菊吸は心配でたまらないから誰でもいいから瑠璃を救ってほしいとすがるように若殿を見て
「妻の発熱は三日前から続いていて、嘔吐、腹痛、下痢、もあるんです。その前にも何かにひどく怯えていて、夜ぐっすり眠ることもできず、夜中に目が覚め飛び起きたと思ったら『助けて!』と叫ぶのです。私も心配で眠れず、そうこうしているうちに発熱まで!この先もこれが続けばいずれ儚くなってしまうかと思うと・・・」
と言うと、うつむいて黙り込んだ。
若殿が、少し気の毒そうに
「薬師は何と言ってるんですか?」
五斑菊吸は震えた声で
「それが、食あたりか何かだろうと。でも違います!発熱する前にすでに瑠璃は弱っていたんです!夜うなされて目が覚めたら首に指の痕がついていたこともありました。寝ているときに黒いモノが胸の上に乗って首を絞めたというんです。」
(その2へつづく)