独善の彼岸花(どくぜんのひがんばな) その5
若殿が眉をひそめて渋い顔で良子を見ながら
「ところで毎日塗っている塗り薬には、セリ、柑橘類、からし、ドクダミなどが入ってるんじゃないですか?」
というと良子はまた、ハッと息をのむ気配がし
「いいえ!私は薬師に任せきりで、何が入っているかなど何も知らないのです。」
となんだか狼狽えているようで怪しい。
私が
「それが入っていたらどうだっていうんですか?」
というと、若殿が良子を御簾越しにじっと見つめながら
「それらは日光に当たると曝露された部分の皮膚に痛みが生じ、発赤と炎症が起きる光毒性があるんだ。一度その薬を塗るのをやめてみてはいかがですか?」
良子は狼狽え
「あっ・・・そう・・・そうでしょうか?いえっでもっ薬師が続けないと治らないと言ってたので・・・」
「毎日その光毒性がある物質を含んだ薬を肌に塗り続ければ、もともと何でもない肌も過敏症になるのではないですか?なぜそんなことをしたんです?!」
良子は明らかにヒステリックな声で
「いいえ!私は何も知りませんわ!そんな!塗り薬が原因で肌がただれているだなんて!だって、そんなこと知るはずありませんでしょ?!」
と叫んだ。
秀丸もまさかと疑いの目で良子を見つめているが、
「母上、では一度薬を塗るのをやめてもいいでしょう?」
良子は
「ダメよ!絶対にダメ!悪くなったらどうするの?」
若殿がしびれを切らし良子に向かって
「あなたはもしかして秀丸が治ることを望んでないのではないですか?もし完治すれば、秀丸の父親であるあなたの恋人の足がこの家から遠のくのではないかと危惧して。」
秀丸は信じたくないという表情で
「まさか!母上!そんなことないでしょう?私の病気がこの薬のせいだなんて!母上!ずっと塗り続けなければだめといつも言ってたのは私の病気が治らないようにするためですか?」
と涙ぐんで叫んだ。
良子は急に立ち上がり、奥に引っ込んだかと思うと、若殿が急いで御簾の中に入ったので私もついていった。
良子がそばに活けてある彼岸花をむしって口に入れたと思うと飲み込もうとしたのを若殿が口に指を入れて吐き出させた。
良子は
「ああっ!どうして止めるの?死なせてください!どうかっどうかっ・・・!あの人に捨てられるぐらいなら、死んだほうがましなのです!どうか、この惨めな私を今すぐ死なせてくださいっ!うっうっうっ!」
と声を上げてその場でうつぶせに泣き崩れた。
秀丸もその場で座り込んで俯いて呆然としていた。
そのうちに、秀丸がやっと落ち着き、良子のそばについて朝まで過ごし祖父である良秀と今後のことを相談するというので我々は屋敷を辞すことにした。
私は皮膚病の原因があの塗り薬とわかったなら、あれをやめればもうすぐ秀丸と昼間に外で遊べるだろうなと楽しみだったけど、あの母君と秀丸が一緒に暮らすことには不安だった。
帰り道、私は若殿に
「良子をあのままほおっておいて大丈夫でしょうか?また自殺を図るんじゃないですか?それに、彼岸花は食べると死ぬんですか?」
「いいや、毒はあるが、花を食べたからって死ぬ量ではない。」
私は良子がやったことを改めて思い出して
「良子は秀丸の肌が日光にあたると、赤くなって水ぶくれになって痒くなってひどくなるように、あの塗り薬を塗り続けたんでしょう?本当に薬師が処方したものでしょうか?良子が自分で作ったんじゃないでしょうか?もしそうならこの先、秀丸は大丈夫でしょうか?あんなにひどい親がこの世にいるなんて信じられません!それも秀丸の父親の気持ちをつなぎ留めておくためになんて。ひどすぎます。」
「恋人をつなぎとめるという目的の他にも、可哀想な我が子を懸命に看病する母親という役に酔っていたのかもしれない。」
「周囲の人が偉い母親だと労ってくれるからですか?それに彼岸花を食べて自殺を図るなんて、あんなことをなぜわざわざ我々の目の前で、良子はしたんでしょう?」
若殿は険しい顔で
「良子にとって、我が子である秀丸も、彼岸花も、もしかして恋人である秀丸の父親ですら、彼女という主役を人生という舞台で輝かせる小道具に過ぎないのかもな。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
他人の命はもちろん自分の命を懸けてでも他人の称賛を浴びたい気持ちも少しはわかりますが、その根性が自分には無いです。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。