独善の彼岸花(どくぜんのひがんばな) その3
確か大殿のお使いで絵仏師良秀に文を届けたときの屋敷はこのへんだったなあと思いながら辺りを見回すために振りかえると、いつのまにか私の後ろに小さい鬼が立っていて私はビックリして
「ぎゃっっ!」
と声を上げた。
小さい鬼もビクッとしたが、よく見るとどう見ても私ぐらいの子供が鬼の面をつけているようにしか私には見えなかったので
「君は誰?私は竹丸という藤原時平様の侍従です。」
と名乗るとその子は首をかしげて何も話そうとしない。
私が次に何か言おうとすると、若殿が隠れていた小路の角から飛び出してきたので、それを見てその子が驚いて逃げ出した。
私は若殿に
「ビックリして逃げちゃったじゃないですか!もう少しで話が聞けそうだったのに!」
と怒ると、若殿は
「つべこべ言わずに追いかけるんだ!」
とその子を追いかけ始めたので私もついていった。
その子が逃げ込んだ屋敷は絵仏師良秀の屋敷で私は若殿に
「私はお使いでここに来たことがあります!絵仏師良秀の家です!」
若殿は門を通って入り侍所で正式に面会を申し出た。
と言っても侍所と、主殿と、厨と作業所ぐらいしかない屋敷で、夜中なのでみんな寝静まっていると思ったのに良秀の娘と名乗る女性に会うことができた。
主殿の廊下で御簾越しに対面すると若殿が
「この屋敷に鬼の面をつけた子供が逃げ込むのを見かけたんですが、その子が近頃、夜な夜な大路で人を驚かす鬼の正体ですか?」
良秀の娘・良子は、躊躇したが
「確かに、私には息子がいますが、夜に大路で人を驚かす鬼ではありません。」
と表情は見えないが沈んだ声で答えた。
私は
「鬼の面をつけた子供がこの屋敷に入るのを確かに見ました!あの子はどこにいるんですか?」
と大声で言うと、奥から鬼の面をつけた子供が出てくる気配がした。
良子は
「秀丸、出てきちゃダメでしょう?知らない人は病気を持っているかもしれないのよ。まぁ!お前、また面をつけて外に出ていたの!あれだけ外に出ちゃダメって言ったのに」
鬼の面をつけた秀丸はうつむいて
「母上、でも、夜には外に出ても大丈夫なんでしょう?太陽の光が当たらないから。外がどんなものか見てみたかったのです。」
と答え、私は居ても立っても居られず
「ねぇ!君がさっきの子でしょう?私と会いましたよね?」
鬼の面をつけた秀丸は御簾をめくって出てこようとしたが、良子が大声で
「ダメ!秀丸、直接外の人と会ってはダメと言ってるでしょ!こちらへ来なさい!」
と叱るが、鬼の面をつけた秀丸は振り向いて良子に
「さっきもこの竹丸さんとお話したのです。もし病気ならとっくにうつっていますから。」
と御簾をよけて廊下に出てきた。
私は一番気になっていた質問をした。
「どうして鬼のお面をつけてるんですか?」
鬼の面をつけた秀丸は
「私は小さいころから肌が弱くて、日光に当たると赤くなって、水ぶくれができて、カサカサになるんです。だからいつも日光に当たらないようにお面をつけているんです。」
と言ったので、私は
「夜は日光に当たらないからはずしても大丈夫なのでしょう?」
というと、秀丸はうんと頷いてゆっくりと鬼の面をはずした。
(その4へつづく)