独善の彼岸花(どくぜんのひがんばな) その2
強姦事件の被害者の姫の屋敷は、普通の大きさの、普通の質素な作りの屋敷で取り立てて変わったところはなかった。
出居に通され、御簾越しに被害者の姫と対面したが、その姫・乙津濡はなかなかのクセが強い姫で、開口一番
「わたくし、めったな事では驚きませんのよ。そのへんの普通の男でしたらわたくし一切そばに寄せ付けませんの。だって、強面で力自慢の下賤な者や普通の生白いヒョロヒョロ貴族なんてもう慣れっこで飽き飽きしていて、相手にしても何にも感じないしまったく楽しくないのですもの。
でも鬼となるとやっぱり少し驚いたし、恐怖も感じましたの。普通の男に飽きて、いくら刺激を求めてると言っても、あの恐ろしい顔でしょう?びっくりもしたし、殺されるんじゃないかとドキドキワクワクと興奮もしましたが、行為は至って普通というか・・・。」
ゴホンと若殿が咳払いして姫の話を遮った。
乙津濡の話によると、鬼といえども顔が怖ろしいだけですることは普通の人間と同じなの?とちょっとガッカリした。
でも鬼らしく行動して食い殺されていたら今頃、乙津濡のこのよくしゃべる口すら動かせなかっただろうに、なんだかのんきな人だなと思った。
それにアケスケで活発というか発展的というか、恋人はさぞかし苦労しているだろうなと。
若殿は困ったように
「えぇ~~っと、その、刺激的な一夜を楽しんだのでしたらなぜ強姦事件の真相を知りたいのですか?」
というと、乙津濡は少し照れた口調で
「まぁ!楽しんだなんて!嫌ですわ~~!でも、相手が分からないのはなんだか悔しいし、タダでというのも悔しいですから、相手が分かったうえで、お互いの今後のことを話しあったり、今回だけとはいえ何か見返りがないとねぇ。」
「要するに、相手の男が誰かを突き止めて、何か見返りをもらいたいという事ですか?」
乙津濡はホホホと笑ったようで
「そうですわね。」
と言った。
若殿はウンザリした顔をしていたが、とりあえず、乙津濡が今付き合っている恋人たちからまず話を聞くことにした。
だけど若殿は乙津濡の恋人の名前と身分を記してある一覧をみて、
「多分、この男が何か知っているだろう。」
とすぐに当たりをつけたので、私は
「なぜですか?」
「彼が唯一の大舎人だからさ。」
と言ったが私はワケがわからないまま若殿についていった。
私の知識では大舎人は、『律令制において天皇に伴奉して雑使などをつとめた下級官人』で乙津濡の恋人のその役野という大舎人は今日は非番で自分の屋敷にいたところを訊ねた。
若殿は役野に向かって早速
「あの姫の恋人を務めるのは大変でしょうが、宮中の備品を私用に流用するのは規則に反しますよ。」
というと役野は焦って
「は?何のことでしょう?」
と真っ青になった。
私もワケが分からないので
「どういう意味ですか?」
「乙津濡が見た鬼というのは追儺の儀式のときの方相氏の格好だ。方相氏をやるのは大舎人だから、今年の方相氏を務めた役野が、その衣装を使って乙津濡を楽しませようとしたんだ。」
私の知識では追儺とは、大晦日(旧暦12月30日)に疫鬼や疫神を払う儀式のことで、昔は目に見えない鬼を追う側であった方相氏が逆に、目に見える鬼として追われるようなって、現在は方相氏=鬼とみなされていると聞く。
まぁ目が四つとか人間離れした造形だから徐々に鬼扱いになったのかもねぇ。
とにかくそういうことか!と私が
「じゃあ、役野は恋人の乙津濡を鬼のフリをして襲う事で刺激的な一夜を演出したという事ですね?人騒がせですねぇ。なぜ乙津濡にそう言って種明かししなかったんですか?」
というと若殿はそうだそうだ!と目をつぶって頷き、役野は観念して
「確かに私がやりました。乙津濡とお会いになったのならわかると思いますが、彼女は普通の逢引きでは満足しないんですよ。今までいろんなサプライズを試しましたが、一番盛り上がったのが今回です。できれば次回も試したいなぁと思いまして。」
「バレるまではこれで引っ張ろうということですか?」
と私が意地悪く言うと役野はハハハと照れ笑いした。
まぁコレは大したことなくてよかったが、若殿は次の小さい鬼も解決する気らしく知恵を絞って、小さい鬼の目撃情報がある場所を結んだ中心地点に、夜、私を囮として配置させ鬼に襲わせるという作戦を思いついた。
夜の都の大路は人気もなく不気味で、ぼんやりと鬼が出るまで立っていなければならない私は、野犬の遠吠えが聞こえたり、柳が風に揺れるだけでビクビクした。
若殿がどこかで見ていてくれてるはずだが、その気配もなくただ、三日月の薄明りの中ぼんやりと立っているのは気味が悪かった。
(その3へつづく)