謀殺の関白家歌合(ぼうさつのかんぱくけうたあわせ) その4
若殿が清和院侍従に向かって
「あなたは平篤生に恨みがあり、自分に思いを寄せてきた壬生忠稜に平篤生を殺してほしいと依頼したんですね?わざわざ歌合の最中を選んだのは平篤生と初めて出会ったのが、過去に催された歌合だったからではないのですか?
あなたと平篤生はそこで出会い、恋人関係になり、やがて平篤生があなたを捨てて別の女性に走ったことが許せなかったんでしょう?
『秋と言へば よそにぞ聞きし あだ人の 我をふるせる 名にこそありけれ』
と平篤生を見ながら詠んでいましたしね。」
平篤生はそれを聞いて驚いて憤り
「そうです!確かに私と清和院侍従は愛し合っていました。でも男女の仲なんて一生続くものじゃないでしょう?和歌にだってさんざんあるじゃないですか。別れがあるから恋はその瞬間が楽しいんでしょう?なのに彼女は何ですか?私が送った高級な櫛箱を私に返したいというから東の対に受け取りに来たんです。
それがどうですか!私を殺そうと企んでたなんて!何て女だ!信じられない!」
と鼻息を荒くした。
私は歌合のまっ最中に抜けることに対して、壬生忠稜も平篤生も抵抗が無いってことは『大殿って・・・ちょっと舐められてるんじゃない?』と思った。
清和院侍従に平篤生を殺してほしいと頼まれた壬生忠稜は平篤生に対して怒りの表情で
「何を言ってる!彼女はお前のことが忘れられない、お前が生きている限り別の男性を愛せない、とずっと悩んでいたんだぞ!だから、おれがお前を殺して彼女を開放してやろうとしたんだ!
彼女がお前の和歌の才能に惚れたというから、おれも頑張って勉強したし、彼女のためには何だってする覚悟だったんだ!なのになぜ彼女はお前を忘れられないなんて言うんだ!」
と半分泣き出しそうに叫んだ。
清和院侍従はそれを聞いて苦痛の表情を浮かべていたが、耐えきれずにとうとうシクシクと泣き出してしまった。
「・・・全て・・・全て私のせいなのです!私が壬生忠稜様に平篤生を殺すように頼みました。二人が出会った歌合の最中に平篤生が死ねば、出会う前に戻れると思ったんです。平篤生を忘れられると思ったのです。うっうっう・・・」
私がみるところ平篤生は貧相な顔で、こちらも壬生忠稜と同じようにやせているが平篤生の方がすこし骨格がガッシリして、愛想笑いを常に浮かべているので人当りがよさそうに見えた。
平篤生が清和院侍従のような美人を弄ぶ程女性にモテるなんて意外だったが、壬生忠稜も平篤生も文学オタクっぽい感じは似ているので清和院侍従の好みは大体わかった。
でもやっぱりと思って
「暗殺の打合せは事前にしてたんでしょう?歌合で最終確認する必要があったんですか?」
と聞くと壬生忠稜は眉をひそめて
「清和院侍従は優しい人で、最後までどうするか悩んでいたんだ。だから本当に平篤生を殺したいのかを今日になってもう一度確認したかったんだ。平篤生を殺してしまえば、本当は未練があって彼女は後悔するんじゃないかと思ってね。」
と壬生忠稜は寂しそうに笑った。
・・・会話を和歌に何気なく即興で落とし込めるという技術はお見事だが、大殿が主催した初めての歌合はどーなってもいいという態度は結構失礼ではある。
そういえば!と思い出して若殿に
「若殿はどうして清和院侍従が関係があることが分かったんですか?昨日の暗殺予告文に何かヒントがあったんですか?」
と聞くと、うんと頷いて清和院侍従に向かって
「あなたは本当は平篤生の暗殺を誰かに止めてほしかったんでしょう?」
といい
「予告文にかいてあった『美作や 久米の佐良山 さらさらに わが名は立てじ よろづ世までに』という歌は、貞観元年(859)、清和天皇の大嘗祭が宮中で挙行された際、美作国英多郡から即位を祝って奏上されたものなんだ。
清和院侍従はかつて清和天皇に仕えた人だから誰が差出人かわかったのさ。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『夏草の 上はしげれる 沼水の 行く方のなき 我が心かな』はby壬生忠岑で、他は詠み人知らず(多分)か自作です。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。