謀殺の関白家歌合(ぼうさつのかんぱくけうたあわせ) その3
小刀を突き付けられた平篤生は全身ガクガクと震えて、息をひそめて立ちすくんでいたところへ、若殿がさっと飛び出し壬生忠稜の小刀を持った手に飛びついて小刀を奪った。
私はワケが分からずぼんやりしていると、壬生忠稜がその場から立ち去ろうとして突然、前を見ず私の方へ走り出してぶつかったのでその場で二人でうわっ!となって尻餅をついた。
若殿が壬生忠稜に向かって小刀で脅し
「もう観念してください。全てわかってます。ここで大人しくしていてください。」
と言い、私に向かっては
「竹丸、父上に歌合の中止を頼んで、許可を得て清和院侍従をここに連れてきてくれ。」
というので、私は一体何が起こっているの?とうろたえながらも主殿へ走っていくと、その通りを大殿に伝え、清和院侍従を東の対へ案内した。
大殿は昨日の予告文のこともあったので、察しが早く二つ返事で了解し、清和院侍従を連れてくることも許した。
清和院侍従はどう見ても顔色が悪く、心配そうに眉をひそめているが、私に誘導されるまま大人しくついてきた。
東の対に清和院侍従を連れてくると、さっきまでガクガク震えていた平篤生がホッとした笑みを浮かべ、清和院侍従に向かって
「あぁ!清和院侍従よ!お前が返したい物というのを受け取りに、お前の言う通りにここに来たら酷い目にあった!一体どういうつもりだい?何かの悪戯かい?」
清和院侍従は安堵している平篤生をキッとにらみつけ
「何よっ!あなた、どうして壬生忠稜様に刺されて死んでないのよっ!」
と予想外の言葉を吐いた。
私は驚いて
「えぇっ!どういうことですか?」
平篤生も驚いて
「えぇ~~?」
とヨロヨロと腰を抜かして座り込んだ。
壬生忠稜は逃げるのをあきらめたらしく大人しく正座していた。
若殿が小刀を厨子棚の引き出しにしまった後、ゆっくりと説明を始めた。
「まず、あなたはここへ来る前、どこかのタイミングで平篤生の暗殺を壬生忠稜に依頼した。今日の歌合中に、あなたと壬生忠稜は詠んだ歌の中で、その暗殺依頼の最終確認と、この東の対に平篤生をおびき出すようにというやりとりをしていましたね?」
と清和院侍従に話しかけた。
清和院侍従はチラッと若殿を見返すだけで何も返事をしなかった。
私は
「えぇっ?和歌にそんな意味があったんですか?確かにちょっと変だったけど・・・」
と思い出してみた。
若殿が
「まず題一.夏草『夏草は 茂りにけりな 玉桙の 道のたゆるや こころ決する』は壬生忠稜が暗殺を実行するかどうかを清和院侍従に最終確認したものです。
『夏草の 上はしげれる 沼水の 行く方のなき 我が心かな』と清和院侍従は詠み、迷ってると答えた。
次の題二.月でも『秋風の たなびく雲の 弓張の 月なき空こそ 迷ひなましか』と清和院侍従は詠み、まだ迷っていると答えた。
だけど心変わりしたのか、次の題三.霧で『朝ぼらけ 霧立つ空の まよひにも 雲にまがへし こころ定むる』と詠み、清和院侍従は暗殺実行を決めたと壬生忠稜に伝えると、
次の題四.東風で『梅の香を 匂いおこせる 春の風 疾く東の 対にこそ呼べ』と壬生忠稜が詠み、ターゲットである平篤生を東の対に呼び出すようにと清和院侍従に伝えた。
清和院侍従は『いとやすく うけがひたらむ ことならば 東風の便りぞ こころやすける』と了解して、平篤生を東の対に呼び出した。」
私は即興で和歌に意味を込めて会話をやり取りしてた清和院侍従と壬生忠稜に『へぇ~~~!うまいもんだな!』と感心したが、なぜわざわざ歌合の最中にやる必要があるの?と思った。
暗殺の話が持ち上がった時点でちゃんと最終確認と方法と場所を話し合えばいいのにと。
(その4へつづく)