謀殺の関白家歌合(ぼうさつのかんぱくけうたあわせ) その2
二.『月』
大殿が
「では次のお題は『月』とします!」
と高らかに宣言し左右の組の和歌が出そろい、若殿が読み上げる。
「左。作者は坂上好風殿です。
『白雲に 羽うち交はし 飛ぶ雁の 数さへ見ゆる 秋の夜の月』」
(秋の夜、明るく輝く月は白雲を浮かび上がらせて、羽を重ね合わせるかのように連ねて飛んでいる雁の数まではっきりと映し出すようだよ。)(*私の解釈)
作者の坂上好風は老人の官人で、白髪が目立つけど経験値は高そうな人だった。
「右。作者は清和院侍従殿です。
『秋風の たなびく雲の 弓張の 月なき空こそ 迷ひなましか』」
(秋風にたなびく雲の間に、弓張月さえ無く悩んでいます)(*私の解釈)
私はどういう意味?さっきも清和院侍従は何かに悩んでいる風な歌だった気がするなぁと思った。
三.『霧』
その次のお題は『霧』で
左の作者はお爺さんの坂上好風で
『春霞 かすみて去にし 雁は 今ぞ鳴くなる 秋霧の上に』
(春霞の中をかすんで去って行った雁が、今またやって来て鳴いている、秋霧の上に。)(*私の解釈)
さっきも坂上好風は雁のことを詠んでたなぁ、坂上好風は雁が好きなのねと思った。
右の作者はまた清和院侍従で
『朝ぼらけ 霧立つ空の まよひにも 雲にまがへし こころ定むる』
(明け方の空に霧が立ちこめてはっきりしないようすの中に、雲に間違うぐらいの心だったが、その心も定まった)(*私の解釈)
と何やら悩みが解決して清和院侍従の心が決まった様子で私も安心した。
四.『東風(東から吹く風のことで日本では春風のこと)』
左の作者は壬生忠稜。
『梅の香を 匂いおこせる 春の風 疾く東の 対にこそ呼べ』
(梅の匂いをもたらす春の風をはやく東の対に呼んでほいものだよ)(*私の解釈)
うん。壬生忠稜は一つ目の『夏草』で大殿が勝ちと決めてたが、さっきのよりはこっちの和歌の方が私は意味が分かる。
東の対に春風が吹いて梅のいい匂いがすると気持ちいいよね!というのは。
右の作者はまたまた清和院侍従。
『いとやすく うけがひたらむ ことならば 東風の便りぞ こころやすける』
(簡単な事です。東風をすぐに届けて上げましょう)(*私の解釈)
という意味?であってるのかなぁ。
・・・う~~ん。ちょっと自信がないなぁ。
自信が無いなりに、私が頭をひねりながら解釈を考えているとき、何気なく見ていた歌人の中でも左組の壬生忠稜が右組の清和院侍従の和歌を聞いてスッと立ち上がり、どこかへフラっと行ってしまった。
まぁそれほど気にすることじゃないのかもしれないが、若殿も壬生忠稜の行方を目で追っていたので気にかけてるようだった。
五.『恋』
左の作者はある遊び人の貴族。
『わが恋を 人知るらめや しきたへの 枕のみこそ 知らば知るらめ』
(私の恋心をあの人は分かっているだろうか。枕だけが知っているとしたら知っているでしょう。)(*私の解釈)
これはそのままの意味だ!恋煩いの人が、枕に何か話しかけてるんだろう(?)。あるいは夜に泣いてるって意味かしら?
右はもう清和院侍従しか歌人がいないのか、五回連続、清和院侍従が作者で
『秋と言へば よそにぞ聞きし あだ人の 我をふるせる 名にこそありけれ』
(「秋」という言葉は、自分とは関係ないものと思っていたが、浮気なあなたが私を 「飽き」て見捨てるということにぴったりの名前だったのですね)(*私の解釈)
というダイレクトに恋人に捨てられた恨みをうたった歌。
これを読んだとき清和院侍従は明らかに同じ右組の歌人の一人である平篤生をにらみつけたが、その平篤生の耳に口を寄せて何かヒソヒソとささやくと、平篤生は立ち上がり、まわりにペコペコと頭を下げて何か言うとどこかへ行ってしまった。
私はこれもぼんやりと見ていたが、ここで急に若殿が立ち上がり、大殿に
「少し気分が悪いので、忠平に講師を任せてください。失礼します。」
と言い捨ててスタスタと歩いていった。
私もさすがにこのときは焦って、慌てて立ち上がり、若殿の後を急いでついていった。
若殿が東の対に到着しそうになるところで、小走りだった私が追い付き
「一体どうしたんですか?なぜ東の対に来たんですか?まだ歌合の途中ですよ!講師まで弟君に替わってもらうなんて!」
と話しかけたが、若殿は口に指をあてて私にしーっと黙るように指示し、東の対の御簾をかき分け黙って中に入ったので私も急いで中に入ると、そこには壬生忠稜が小刀を構えて平篤生と向かい合っていた。
壬生忠稜は落ち着いていて、小刀を握った手を伸ばして体の前に突き出し平篤生が少しでも動けば刺してやるといった気迫だった。
(その3へつづく)