謀殺の関白家歌合(ぼうさつのかんぱくけうたあわせ) その1
【あらすじ:関白太政大臣である私の主・藤原基経様は今流行りの歌合を自邸で催すことにした。和歌を作るのが上手な歌人たちを集めて、粋な歌を詠みあわせ、自分が優劣を決めてご機嫌に遊ぼうと思ったのに、何やら不穏なたくらみがあるようだ。人情の機微が秘められた歌を時平様は今日もスンナリと読み解く。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は和歌の解釈って何が正しいのというお話(?)。
ある日、この藤原邸で大殿が主催の歌合が行われることになった。
歌合とは左右に分けた歌人の詠んだ歌を左右一首ずつ出して組み合わせ、判者が批評し、その優劣を競う遊戯である。
在原行平様が主催となって三年前に催した「在民部卿家歌合(885年)」が都で評判になって以来、様々な貴族が歌合を催したがった。
大殿も御多分に漏れず、その面白そうな歌合とやらを主催したがり、目星をつけた歌人を左右五人ずつ選んで呼びよせ、歌合せをすることになった。
呼び寄せた歌人の中には、身分の低い貴族や、さる高貴なお方に仕えた女房や、遊び人で名高い貴族や、様々な人がいて全てを大殿が取り仕切った。
もちろん、判者は大殿で優劣は大殿が決めるし、お題も大殿が決めた。
これ以降の歌合がどうなっていくかは知らないが、この時は、大殿が決めたお題を発表すると、歌人たちはそれぞれの組の中でその場で和歌を詠み、いちばんいいものを左右の組の代表作として一首ずつ提出し、それを大殿が判定する。
主殿に集まった人々の中で、若殿は講師(歌合の場で歌を読み上げる役)を任され、緊張した面持ちだったが、これには大勢の前で声を出すという恥ずかしさに加えて別の理由もあった。
それは歌合の前日、つまり昨日のことだが、大殿が若殿に
「太郎、こんな文が送られてきたのだがなぁ。明日、本当にこんなことが起こると思うか?」
と渡された文を見て若殿は少し眉を上げ
「さぁ?どうでしょうか。一応気にしておくほうがいいでしょう」
と言ったが、私が横からチラリと覗いたその文の内容とは
『「美作や 久米の佐良山 さらさらに わが名は立てじ よろづ世までに」
ご注意ください。明日の歌合では誰かが死ぬことになるでしょう。』
とあった。
私は驚いて
「えぇ!暗殺予告ですか?死の予言ですか?どちらにしても物騒ですねぇ」
と声を上げると、若殿が頷いて
「しかも我が屋敷でという意味なら、挑戦的な内容だな。それにこの和歌はどこかで見た気がするが。」
と考え込んでいる。
私は、和歌を左右一首ずつ交代に読みあうだけの歌合というイベントで一体どうやって人が死ぬんだ?と大いに疑問を持ったが、その場になってみないと分からないということで今日を迎えた。
見物客の大奥様や若殿の弟妹君たちが几帳の裏に詰めかけ、歌人たちも会場となる主殿に集まったので、さっそく歌合が始まり、まず大殿がお題発表と会の流れを説明した。
「では、みなさん、最初のお題は一.『夏草』です。代表者が左右の組内で選んだ代表作の和歌を紙に書いて講師に渡してください。それを講師が左右交互に読み上げます。それぞれの歌人は自分の組の和歌を援護する意見を述べてくだされば、最終的に私が優劣を決める判断材料とします。」
左右に分かれて集まった歌人たちは話し合いながら一.『夏草』のお題に沿った和歌を出し合い、どれを代表にするかをワイワイと相談していた。
紙が左右から若殿に渡され、若殿がゴホンと咳払いしてから読み上げ始めた。
一.『夏草』
「え~~、題は夏草、まず、左から読み上げます。作者は壬生忠稜殿です。
『夏草は 茂りにけりな 玉桙の 道のたゆるや こころ決する』」
(夏草は茂っていますが、その道がなくなる決心はしましたか?)(*私の解釈)
だが、どういう趣なのか私にはあまり作者・壬生忠稜の意図はわからなかった。
壬生忠稜は確か身分は低いが歌が上手なことで有名な官人で、痩せて小さい人だが、目だけはギラギラとした活力に溢れていた。
続けて若殿は
「次は右です。作者は清和院侍従殿です。
『夏草の 上は茂れる 沼水の 行く方のなき 我が心かな』」
(夏草が上に茂った沼水のように、どこにも向かいようのないこの心である)(*私の解釈)
という意味で、私は作者の清和院侍従は何かを悩んでるのかなと思った。
清和院侍従はさる高貴なお方に仕えていた女房で、今もその美貌と歌のうまさで定評のある人で、確かに気怠げな上品さと知性がにじむ顔つきをしていた。
ご苦労な事に若殿が何度も左右交互に和歌を読み上げ続けるあいだ、左右の組の歌人はそれぞれの自分の組の歌の長所や上手い部分を口々に主張しあっていたが、大殿がう~~んと考え、皆がその結果を固唾をのんで注目しているのを感じると、大殿はシメシメとご機嫌な顔になり
「では、結果を発表します!どちらも力作で、大変悩みましたが・・・『夏草』のお題は左の勝ちとします!その理由は、道が絶えても夏草は永遠に茂り続けるというような未来への希望と決意を感じる歌でしたからねぇ」
とニコニコしながら言った。
私ははっきり言って、なんのこっちゃホントにそうなの?訳が分からないなぁ?と思っていたが、こんなもんかなぁと流して聞いていた。
(その2へつづく)