落成の雲梯之機(らくせいのうんていのき) その2
只野公達は大きくうなずいて
「そうです!何か黒い粉のようなものを入れて混ぜて掻きまわしてましたが、その後ゴクゴクと飲み干したのを見ました。」
若殿がちょっと考えていたが
「黒い粉を持参したんですか?何かを聞きましたか?」
「確か、神通力の源だと仰ってました。これを毎食飲むのだと。」
「弟子も平気だったんでしょう?一緒に介抱していたというのは。」
只野公達は感心したという口調で
「そうです。我々が腹痛と吐き気で転げまわっているところへきてくれて、庭に吐くのや下すのを手伝ってくれたり、水であとをきれいにしてくれたり、大変な働き者でした。」
若殿が何か気づいたように
「その弟子が追善法要の配膳を手伝ったりもしましたか?」
只野公達は
「ええ。もちろん、徳一様の読経の準備から、着付けの手伝いから、車の手配や、供物や仏具を並べたり、出席者用のお斎の配膳、金銭の受け取りまで全てその弟子が管理しているのです。できた男です。」
只野公達の屋敷からの帰り道、私は若殿に
「徳一と弟子がグルになって奇跡を演出したというのが一番あり得そうですよね?」
若殿もうなずいた。
私は思いついて
「でも、弟子は汁物を食べなくて平気なのはいいですが、徳一は食べたのに大丈夫ということは、やっぱりあの黒い粉のせいでということですかねぇ?」
若殿もうなずきながら
「だが、父上の仏像の首が落ちたのはなぜなんだ?徳一が自分で作った仏像に仕組んだとしたら、一体、何のために?奇跡でもないし。」
と不思議そうな顔をした。
京に東大寺の別院があるというので徳一に会えるかもしれないと若殿と私はそこへ行くことにした。
別院と言っても割と大きいところで、普通の屋敷のように主殿と、対がいくつかあるうえで他にいくつかのお堂もあった。
庭には馬酔木や躑躅や杉や無患子いった庭木もあり、大きい石やさまざまな形の石が何かの規則で配置されていた。
東大寺の別院には護摩堂があり、そこで徳一による護摩祈祷が定期的に行われているというので、若殿と私は護摩祈祷をしてもらうことにした。
その護摩堂には本尊の不動明王があり、本尊から見て両手にあたる二方向は障子と蔀が閉じられていて、本尊の前には護摩壇があり、護摩壇に向かって僧侶がすわり経を唱え、その後ろに祈祷依頼者たちが並んで座り、護摩祈祷を見守る。
祈祷依頼者の後ろは蔀が上げられ、戸も外され、開け放たれている。
祈祷依頼者は護摩木を購入し、そこに願い事を書いてそれを護摩壇で燃やしてもらう事で祈願する。
護摩壇で供物とその護摩木を燃やし、僧侶が祈祷することで願い事がかなうという仕組みだ。
私も若殿に払ってもらった銭で買った護摩木に願い事を書いて、護摩壇の横に先の人が書いた護摩木が積んである上に置くと、若殿が
「何を願ったんだ?」
と取り上げて読むと、ガッカリした顔をして首を横にふり、
「予想通り過ぎて、見るんじゃなかった」
と呟いた。
私は『お腹いっぱい団子が食いたい!ずっと遊んで、食べて、寝て暮らしたい!』と書いたのがそんなにガッカリすることかしら?と思った。
自分はどうせ宇多帝の姫とどうにかなりたいみたいなワンパターンな願いだろうと思ったし、そうでないなら上辺だけのキレイごとだろうと若殿の護摩木を見もしなかったが。
いよいよ護摩祈祷がはじまるとなって、徳一が登場し、護摩壇の前に座って経を唱え始めた。
徳一は思ったよりエネルギッシュな感じではなくヒョロっと背の高い、痩せた人で、気難しそうにしかめた顔は、目も鼻も線が細く、神経質そうな印象だった。
神経質オーラを全身から出してるので近寄りがたい雰囲気で、カリスマ感もたっぷりだった。
なんだかすぐキレて怒りだしそうな人だなぁと思った。
経を唱えだして、護摩壇から煙が上がると、私はなんだか息苦しくなって、喉がイガイガして咳が出そうになったので若殿にこそっと
「息が苦しいので外に出てもいいですか?」
というと若殿が
「そういえば私も息苦しいな。この煙のせいかもしれない。お前は先に出ていろ」
といい、私が外に出ると若殿は護摩堂の中の人に向かって
「すいません!祈祷の途中ですが、少しいいですか!この煙に何か体に悪い物が入っているようなので、気分が悪い方は外に出てください!」
というと、徳一が怒って
「何を勝手なことをっ!まだ祈祷の途中です!最後まで待てないんですかっ!・・・ゴホッ!ゴホッッ!ウェッ!」
と最後まで言い終えず激しく咳き込みだした。
(その3へつづく)