初秋蚕繭の糸(しょしゅうさんけんのいと) その3
それから一月ぐらい経過したころ、大殿が若殿を呼び出した。
「太郎、市場で牛黄が大量に出回り値崩れを起こしたのを知っているか?」
確か牛黄とは漢方薬の一種で、牛の胆のう中に生じた結石、要するに胆石のことで、高熱が続き、痙攣を起こしたり、そのために精神に異常をきたしたりした者の治療に使うらしい。
牛の胆石なんて一頭の牛に多くても数個だろうし、いっぺんにそんなにとれるものじゃないから値も張るし、それが大量に出回るなんて不自然だなぁ?何があったんだろうと思っていると、
若殿が急にウキウキした表情で
「偽物ですか?」
大殿は悩んだ顔をして
「それが、まったく効果がないわけではないらしい。だから全く偽物とも言い切れないらしい。」
若殿が弾んだ声で
「その偽牛黄を売ってる商人は『百科目録座』に属しているのでは?」
というと、大殿が目をぱちくりして
「おう。その通りだ。なぜ知っている?」
「いえ。確証はありませんでした。ところで父上、絹製の扇を母上に見立てた女性が湾曲した刀を父上に贈った、もしくは購入を勧めたのではないですか?」
大殿はびっくりしたが
「そうだが、なぜ知っている?」
若殿は揉み手をして上機嫌で
「父上に頼みがあるんですが、その女性に是非一度、会わせてくれませんか?」
大殿はもっとびっくりしたが、少し眉をひそめて警戒した目で若殿を見て
「お前、何を考えている?もしや牛黄の大量流出と関係があるとでもいうのか?」
若殿はフフフとほくそ笑んで
「それを私に調べさせたかったんでしょう?その女性に会わせてもらえばそれも解決します。」
というので、大殿はしかたなく面会を手配した。
私もこのチャンスを逃すはずはなくワクワクしてついていった。
その女性は対が北・東の二つほどの小さい屋敷に数人の使用人と住んでいるらしく、外からの見た目はそれほど裕福には見えないが、屋敷の中はこだわりの調度品や珍しい陶器など豪華な品であふれていた。
庭もきちんと手入れされていて、木々も花も石も池もバランスよく置かれていて、細かいところまで配慮が行き届いた立派な庭だった。
大殿から話は通してあるのか、侍女が若殿を出居に案内するのを、私は後ろからピッタリついていった。
出居につくと、几帳越しに女主人が待っていて第一声が
「いつも父君にお世話になっております。」
と頭を下げた気配がした。
「今日はどのようなご用でしょうか?母君様が怒ってらっしゃるというようなことかしら?」
とふんわり微笑んだ気配がして私は物腰の柔らかそうな人だなぁと思った。
若殿は上機嫌も引っ込んだらしく真面目な顔で
「いいえ。父の女性関係に母は嫉妬はしても父と相手を責めたことはありません。」
「それでは一体何の御用?」
若殿は几帳の奥を食い入るように見つめ
「繭見を我が屋敷に送り込んだのはあなたですね?」
というと、少し間があって
「繭見とは誰ですか?いったい何をおっしゃっているのかわからないわ。」
私も『えぇっ?なぜ急に繭見のことを?』と疑問に思ったので
「若殿!偽牛黄のことを聞くんじゃないんですか?繭見と何の関係があるんですか?」
若殿は辺りを見回し、厨子棚の上の扇を手に取り
「拝見してもいいですか?」
と聞くと、女主人が
「ええ」
と答えるや否や扇を調べ
「おかしいですね、私の父や母に『百科目録座』の品を勧めたのに、この屋敷では一度も『百科目録座』の印の入ったものを見ませんね。なぜでしょう?」
女主人は少したじろいだ様子で
「・・・別に、理由はありませんわ。都で流行ってると聞いたから関白殿に勧めただけで、わたくしが好きなわけではありませんから。」
「あなたは自分と『百科目録座』の関係を故意に隠そうとしたのではないですか?実はあなたが『百科目録座』の首領だから。」
(その4へつづく)