初秋蚕繭の糸(しょしゅうさんけんのいと) その2
私が蚕を手に乗せて庭木に移した後で若殿に
「そういえば文殿で、文書が盗まれるとか何か変わったことはあったんですか?」
と聞くと若殿は考え込みながら
「いや。今のところは何もなかった。だが念のため罠を仕掛けて置く」
と言って後日、蚕があったあたりの棚に何かをおいていた。
私は蚕と言えばと思い出して
「そういえば、羽根の短い蛾の絵柄がはいった扇を大奥様の房で見かけた気がします!変わった蛾だなぁと思ったんですが、蚕だったんですねぇ!紙じゃなく絹織物が張ってある高級そうで上品なものでした!」
若殿は何か思いついたのか
「ちょっと見に行こう」
と大奥様の元へ行ったので私もついていった。
大奥様は縫物をしていたが手を止めて、蚕の絵柄の扇を調べている若殿に気怠そうに
「太郎それどう思う?最近、都で大流行りのものらしいの。殿に頂いたのだけど、こんなに優美でお洒落な扇を殿がご自分でお選びになったと思う?どこかの女の見立てじゃないかしら?」
というと、若殿は興味ないという口ぶりで
「さぁ。父上の女遊びは生きがいですから、放っておけばいいんじゃないですか。母上、ここにある『百科目録座』というのを知っていますか?」
と蚕の絵柄の横にある『百科目録座』と読める印を指さしながら聞くと、大奥様は『ああそれね』というように
「いいえ。よく知らないけど、そういえば最近の新しい商品にはその印がある気がするわねぇ。」
私の知識によると『座』というのは、『商工業者や芸能者による同業者組合のことで貴族・寺社などに金銭など払う代わりに営業や販売の独占権などの特権を認められた』というもので、例えば水銀座は水銀の流通を独占していて水銀山の領有から商取引まで支配していた。
でも、何?『百科目録』の座ということは百科という多くの事について書いてある目録の商取引を独占的に扱う組合ってこと?と意味が分からなかった。
目録が商品になるほど需要があるとも思えないしと謎だらけ。
若殿も『百科目録座』が何のことかわからなかったようで大奥様に
「この印が入った品には他にどんなものがありましたか?」
「確か、市で買った珍しい薬の包み紙にだとか、殿が最近買ったと自慢していた変な曲がった刀の鞘にもその印があったわ。」
若殿は実地で調査する気になったようで市に出かけるというので私もすかさずついていった。
市は相変わらず賑やかで多くの人でごった返していたが、真っ先に私の目を引いた美味しそうな団子にではなく、行商人が筵の上に広げた変わった形の道具に若殿は食いついて調べていた。
「これは何のためのものですか?」
「おお!お目が高い若君ですな!これは今までになかった画期的な農具です。牛や馬の後ろに付けて引かせると畑を耕せる鋤です。その名も犂というものです。これで人は遊んでいても田畑を耕せるというわけです!」
というその犂にも『百科目録座』の印があった。
私は確かに牛馬が耕してくれれば大幅に農作業の人手と時間が減るなぁ、凄いものかもしれないぞ!と感心した。
道の両端に沿って、たくさんの行商人が商品を並べているその列から少し外側にはみ出したところで、ガラの悪そうな連中が輪になって集まっている場所があった。
何をやってるのかワクワクと人をかき分けて中に入ると、座ったり、中腰だったり、立ったりした人が、二・三重に取り囲んだ中心には銭の山とサイコロとそれを振る壺振り人がいて、殺気立った威勢のいい声が飛び交っていた。
壺振りを食い入るように見ている一番前の列の男の中に見知った顔があったので横にいた若殿に
「あれって繭見の弟じゃないですかね?よく似てるし、確か繭見は一つ下に弟がいるって言ってました。」
若殿もその必死の形相の男を見て
「確かに似ているな。ということは繭見は弟の博打狂いのために銭に困って苦労しているというわけか。」
その他にも、市では酒を売ってる行商人もいて、その看板に『月借銭』とある横にも『百科目録座』の焼き印が入っていた。
私は『百科目録座』の印が入っている商品の共通点がさっぱりわからなかったが、若殿もピンときてない顔をしてた。
あらためて印の入ってる品を考えてみると、
・絹織物を使った扇、
・珍しい薬、
・湾曲した刀、
・牛馬にひかせる犂、
・酒屋の『月借銭』の看板、
一つ共通点といえるのはどれも珍しいものというくらいか?と思った。
(その3へつづく)