表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/367

初秋蚕繭の糸(しょしゅうさんけんのいと) その1

【あらすじ:立ち入り禁止の書庫での侍女と遊び人の逢引きと、都に出回る新しくて珍しい品々の出現は蚕の繭のように一本の糸でつながっていた。その関係を見つけるために時平様は今日も思考の糸車を回す。】

私の名前は竹丸。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭・藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

歳は十になったばかりだ。


 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿(わかとの)は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は情報は大事だけど持ってるだけではどうにもならない?というお話。


 ある日、若殿(わかとの)の元に警備の雑色(ぞうしき)から報告があった。

「当家の侍女・繭見(まゆみ)若殿(わかとの)の友人と名乗る男が、立ち入り禁止の文殿(ふどの)(文書、書籍などを納めておく所)で逢引(あいび)きしておったところを捕まえました。ご処分をお聞きしたく思いまして参りました。」

と堅苦しく警備の雑色(ぞうしき)が言うと若殿(わかとの)

「私の友人?名乗ったか?」

「はい。平貞文(たいらのさだふみ)と申しておりました。」

若殿(わかとの)は苦い顔をして

平中(へいちゅう)か。奴は友人でもない。父上が同じ年頃の貴族と付き合いを持たせようとあてがっただけだ。」

私は若殿(わかとの)の友人と名乗れば上がりこんで侍女と逢引(あいび)きが可能なこの屋敷の警備はガバガバだなぁと思ったが、若殿(わかとの)

平貞文(たいらのさだふみ)様はたしか今は無官ですが、お血筋が高貴で、祖父は桓武天皇の孫・茂世(もせい)王のお方でしょう?見た目もいいとか聞きましたけど。」

若殿(わかとの)は頷いて

「それはそうだが、奴の好色(こうしょく)なところと、図々しいところがどうしても相容(あいい)れんので私はできるだけ()けている。父上は奴の人懐(ひとなつ)こさに懐柔(かいじゅう)されたようだが。」

警備の雑色(ぞうしき)

「で、いかが処分いたしましょう?」

若殿(わかとの)はちょっと何かがひっかかるという表情で

文殿(ふどの)にいるのか?少し気になるから会いに行こう。」

というので私もついて行った。


 文殿(ふどの)につくと、奥には数百冊にもなる書籍や丸めた竹簡が数列の棚にきちんと収められていて、手前の入り口近くに平中(へいちゅう)繭見(まゆみ)は並んで正座させられていた。

そういえば逢引(あいび)き場所になぜ文殿(ふどの)を選んだの?とちょっと疑問に思ったが、人気(ひとけ)が無くて静かなところというだけかなとも思った。

繭見(まゆみ)はクリッと丸い目をした丸顔のサバサバした感じの女性で、私も話したことがあるが、平中(へいちゅう)のような遊び人(パリピ )を相手にするタイプではないと思ってたのでちょっと意外だった。

平中(へいちゅう)は確かにイケメンだが、どこか俗っぽいヘラヘラしたところがある男だ。

若殿(わかとの)が二人の前に立って見下(みお)ろして厳しい顔で

「いつから付き合ってる?」

平中(へいちゅう)は顔を上げにっこりと微笑んで

「いや~~!別に悪いことしてたわけじゃないんですよ。彼女がいろいろな文書に興味があるっていうから、文殿(ふどの)を見せて上げようと思ってねぇ。大殿もこの屋敷に自由に上がってもいいと(おっしゃ)ってたので。」

繭見(まゆみ)は顔を上げちょっと困った顔で

「その・・・、一月ほど前でしょうか?付き合ってくれと言われて、いい方だと思いまして。」

若殿(わかとの)は奥の文書の並べてある棚の間をウロウロ歩きながら

「ここに入ったのは今日の一回だけか?」

平中(へいちゅう)若殿(わかとの)を視線で追いかけて

「いやぁ?はっきり覚えていませんが・・・初めてではないような・・・ねぇ?」

繭見(まゆみ)を見ると繭見(まゆみ)は焦って横に首を振り

「いいえ!今日の一回だけですわ!こんなに大事な文書が置いてある場所に何回も入ってません!今日だってどんなお叱りを受けても仕方がないと反省しております!」

と否定した。

若殿(わかとの)は二人の言い訳には興味がなさそうに下の棚の一カ所を見つめながら、

「わかった。以後はここに入らないように。もう皆下がっていい。」

と入り口にいる我々に向かってあっちいけと手をふった。

皆が下がった後、私は気になったので若殿(わかとの)のそばにいって下の棚の一カ所を見つめるとそこには、白い綿の塊のような楕円形の(まゆ)とその横に白いモフモフの蛾がいた。

「わぁ!(かいこ)ですね?羽化したばかりでしょうか?なぜここにいるんでしょう!」

と思いがけないものを思いがけない場所で見た驚きでテンションが上がった。

私は(かいこ)を実際に見たことはなく、(かいこ)の成虫の姿が可愛らしいのに驚いた。

ぷっくりとした丸い楕円形のお腹と普通の蛾の羽根の長さが帝の(きょ)束帯(そくたい)下襲(したがさね)の後ろ身頃(背部)の引きずる部分)としたら、地下人(ちげにん)(殿上の間に上がれない身分の官人)ぐらいの羽根と、つぶらな黒い瞳と全身に生えたモフモフの毛とヨチヨチ歩く感じが可愛かった。

若殿(わかとの)

「後で庭の木にでも移してやってくれ。あと十日ぐらいの命でも外の空気は美味(うま)いかもしれない。」

私が思い出して

「確か繭見(まゆみ)は家で養蚕(ようさん)してたんですよね?くっついてきて逢引(あいび)きしてるうちに落ちたんでしょうか?」

繭見(まゆみ)の父は官人だったな?繭見(まゆみ)はうちに奉公に来てるし、狭い屋敷だろうに養蚕(ようさん)も手がけてるとなるとよほど銭に困っているようだな。」

(その2へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ