強請りの精霊飛蝗擬(ゆすりのしょうりょうばったもどき) その4
若殿は今度はほんとに不意を突かれたといった表情で
「なぜあなたが?何を知っているんですか?」
「私はその事件の裏で糸を引いている黒幕を知っています。この情報をいくらで買いますか?」
若殿は眉をひそめて考え込み、何かを気づいたように
「あなたのその表情でわかりました。自分で調査するので、その情報はいりません。」
とキッパリいうと、冷静に続けて
「あぁ、それから、以後は私から情報と引き換えに銭をせびることはしないでください。あなたのような人間と取引したくないので。情報を渡すならそちらの善意で、無償で渡してください。その方がそちらも上手くいくと思いますよ。」
と言い放った。
藤原清貫は恐れ入ったという態度になり『ははっ!』と頭を下げた。
若殿はふと思いついたように
「一応聞いておきますが、なぜ恐喝などしようと思ったのですか?善人と評判の父への劣等感から生じる反感のあてつけのためですか?」
というと、藤原清貫はへりくだった笑いを浮かべ
「偉大過ぎる父を持つ身の辛さはあなたの方が身に染みておわかりでしょう?あなたは父君と同じ道を志してらっしゃるようですが、私は父のような真似はとてもできません。
もっと手っ取り早く出世するにはこれが一番近道だと思っただけです。劣等感からの当てつけ?それもありますねぇ確かに。私がこんなに卑しいことをしていると父に伝われば、父の輝かしい実績の唯一の汚点となるでしょうから。
正しい道を歩むことを、無意識であろうと子に強要するのは親としては立派ですが、子としては息苦しいだけではありませんか?私はただ自分の道を歩みたかったんです。」
父が正しいことをするなら自分はその反対の悪いことをやってやる!というのでは、父にこだわっている事には変わりないと思うのは私だけ?
父が善人だろうが悪人だろうが自分の選ぶ道には関係ないのが本当の親離れでは?
各国の国司へ送った文の返信がやっとそろった段階で、私は若殿に『年料舂米焼失事件』の真相をやっと聞くことができた。
藤原清貫が黒幕を知ってると言ったからって若殿がなぜその犯人が分かったのか?
そもそもなぜ犯人は年料舂米を焼失させたのか?
若殿が各国の国司に送ったあの質問から何が分かるのか?
を若殿に尋ねると
「まず、付け火が起きたのは・・・どの国でも出発点に近い、
年料舂米が燃えた後に残ったものは・・・土と灰だった、
運脚夫の持参した食糧は・・・一日分程度だった、
米の売値に・・・変化はない、
運脚夫を手配した人物は・・・各国で共通の租丸という男だった。
貧しい農民は・・・おおむね喜んでいた。
ということは、計画的に出発点近くで付け火されていて、実際に燃えたのは米ではなく、土と藁をつめたものだ。
もちろん運脚夫はそれを知っていたから食糧は一日分でよかったし、それを手配した人物・租丸は犯人の仲間だ。」
「米の売値はなぜ聞いたんですか?」
「盗んだ年料舂米を売りさばいたなら市場の米の売値は下がるだろうと思ったが、そうならないということは、米を盗んだ犯人はその米を売りさばいてない。」
「じゃあその盗んだ米はどうなったんですか?まだどこかに置いてあるんですか?」
「それは年料舂米収奪の真の黒幕が藤原保則様であることがわかれば、推測はたやすい。盗んだ米を貧しい人々に分け与えたんだ。おそらく租丸は藤原保則様の配下の者だ。」
えぇ!何?一気に言ったけど米を盗んだ犯人は藤原保則様なの?で、その目的は貧困者の救済?!だから貧しい農民は喜んだんだ!だから藤原清貫が情報を持ってたのが不思議じゃなかったのか!実の親子だし。
「でも一応その推理を藤原清貫に確かめるんでしょう?」
若殿はジロリと私をにらんだが
「まぁな。」
「善人と名高い藤原保則様ならしそうですものねぇ。でも京の官人は困るでしょう?いいんですか放っておいて?」
若殿はう~~~んと考え込んだ。
結論は容易に出そうにはなかった。
私は閑で手持ち無沙汰になったのでしゃがみ込んで草むらにいる飛蝗を眺めていたが、普通の精霊飛蝗は五寸(15㎝)ぐらいで大きいのに、見つけた飛蝗は二寸(6㎝)ぐらいの小さなものだったので
「これは精霊飛蝗の子供ですね!」
というと若殿が
「いや大人の精霊飛蝗擬かもしれない」
というので
「この大きさではどちらかわかりませんね」
と言うと若殿が
「見た目が同じでも別の生物ということもあるし、親子と言えど同じ理想を共有する必要は・・・ないのかもな」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今、草むらにいっぱいいるショウリョウバッタはモドキなんでしょうかねぇ。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。