強請りの精霊飛蝗擬(ゆすりのしょうりょうばったもどき) その3
若殿はくだらないという顔で
「内容をよく読みましたか?妹の恋の相手の名をみましたか?そんな男などこの世に存在しません。ばかばかしい。」
と吐き捨てると、藤原清貫が焦って、そばに置いていた文箱から紙を取り出し読み返すと
「ええと・・・?どういうことですか?相手の男は殿上人の貴族じゃないんですか?」
「あなたは無官なので、朝廷のことに暗いのでしょう。妹の女官が盗んであなたに売ったその恋文は、妹の書きかけの物語の主人公が、恋文をかく場面の中の恋文の内容です。よく読めばわかるのではないですか?」
藤原清貫は驚きすぎて固まっていた。
恐喝するにもリサーチはしっかりして事実確認をちゃんとしないと恥ずかしい失敗をするんだなぁと勉強になった。
「文を盗んだ女官もそそっかしいですが、あなたもよほどの間抜けですね。」
と若殿がピシャリと言い放った。
私は温子様が書いたのが恋物語なんて意外だなぁと思った。
あの企みに満ちた顔から察するに、権謀術数渦巻く間諜モノとか書きそうな雰囲気なのにと。
藤原清貫を充分、凹ませたのを確認した若殿は真面目な顔になって
「もう一つあるのですが。恐れ多くも帝の姉君の秘密を入手して銭を強請り取ったらしいですね?」
藤原清貫はニヤリと含み笑いをして
「あぁ。あの情報は本物でした。銭になりましたから。」
若殿はちらりと私を気にして
「あなたはどこまで知っているんですか?」
藤原清貫はまたニヤリとして
「どこまでとは?確か姉君が帝にあてた文には『あの子に一目会わせてほしい』という事が書いてありましたから、姉君と帝が子供を介してつながっていることがわかります。」
若殿が頷くと藤原清貫は続けて
「その姉君は確か、かつて賀茂斎院であらせられた。生涯未婚であるはずのお方が子を産んでおられてそれが帝の子となれば、大スキャンダルではないですか?」
若殿が真剣な表情になって低い声で
「その子の行方は知ってらっしゃいますか?」
藤原清貫は探るように若殿の目を見て
「それは・・・・どういう意味ですか?あなたも何か知ってらっしゃるのですか?」
「あなたの答え方次第では、私は汚い仕事をする羽目になるのです。」
藤原清貫は一気に青ざめて
「いいえ!何も知りません!その御子の行方など、その文には記してありませんでした!誓って何も知りません」
と慌てて唾を飛ばしながら焦った。
若殿は少し表情を緩めて
「では、生涯そのことを黙っておいてもらう見返りは何がいいですか?私が主に頼んであげましょう。銭ですか?官位ですか?」
藤原清貫はここぞとばかりに口早に
「はいっ!じゃあ官職をいただきたい!できれば京に!」
「図々しいですね。主に話しておきます。そのかわり・・・わかってますね?このことを少しでも漏らせばあなたがどうなるか?」
と若殿が凄むと藤原清貫は縮み上がって何回もウンウンと首を振った。
結果、藤原清貫はその年の除目で讃岐権大掾に任じられて、地方だが官職を得て願ったりかなったりだった。
(藤原清貫と若殿のつながりはこの後もずっと続くのだが、この時はまだ知る由もない。)
藤原清貫は別のネタがあると付け加えた
「確か、『年料舂米焼失事件』を調べてらっしゃるんでしょう?」
(その4へつづく)