強請りの精霊飛蝗擬(ゆすりのしょうりょうばったもどき) その1
【あらすじ:高貴な女性二人を強請る犯人への対処と、多発する都へ移送中の米に付け火する事件の調査を任された時平様は、今日も戸惑いながらも結論を出す。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は見た目だけでは人の中身は判断できないし、親と子で理想が違ってもいいんじゃない?というお話。
ある日、朝政の後、大殿は若殿を呼びだした。
「朝政で議題にもあがったが、この一年で各国からの年料舂米が都への移送途中に火を点けられ焼失するという事件が多発している。その発生は貢進国の約半数にあたる十か国にも上るというから問題だ。」
年料舂米とは地方の諸国に納められた税の一部を諸国が朝廷の大炊寮に貢進して京官官人の常食(月給)に充てられるためのもの。
それがなければ京の役人は飢え死にしてしまうから大変だ。
若殿は
「私に調査せよとのご命令ですか?」
「地方で起こった事件なので、今まで各国の国司(中央から派遣されて諸国の政務を行った地方官の総称)に任せていたが、なかなか誰が何のために付け火をするのかがわからんので、朝廷からも調査に人員を割くことにしてな。お前は何かと役に立つから頼んだぞ。」
若殿は内心の面倒だなという気持ちを押し殺した表情で
「承知しました。」
大殿は続けて
「あぁ、それともう一つ、最近、更衣として入内したばかりのお前の異母妹、藤原温子を知っているだろう。」
若殿は思い出そうとしてちょっと間があいたが、
「・・・はい。」
「彼女がな、最近、誰かに強請られて困っておるらしいので、後で話を聞きにいってやってくれ。」
と大殿が何気なくサラッと言ったが、『えぇ?!強請られてるなんて大事じゃないですか?何をネタに強請られてるの?』と私は大いに気になったので若殿に
「すぐに行きましょうよ!」
と言ったが、よく考えると私は後宮に入れないので話を聞くだけならいつでもいいやと投げやりになった。
若殿がそんな私の様子を見て
「宇多帝の別宅に、これから行くが一緒に行くか?」
とにっこり微笑むので、私はちょっと元気になって
「はい!」
と宇多帝の別宅に出かけた。
宇多帝の姫がいつものように出迎えてくれたので私は姫の対で遊ぶことにして、若殿は宇多帝と密談することになった。
宇多帝の姫の潤んだ瞳プラス『もうちょっと一緒にいてほしい』という懇願を振り切るようにして帰る若殿に帰り道、密談の内容を聞く。
「帝は何のお話だったんですか?」
若殿は不思議そうに
「それが、帝のご命令も、姉君が強請られているので調査せよとのことだった。」
「えぇ?!同時に二人の女性が強請られて困っているなんて偶然ですかねぇ?それに若殿は『年料舂米焼失事件』も調査しないとですよね。忙しいですねぇ。」
とすっかり他人事のように言うと、
「お前にも全部話しているんだから役に立ってもらうぞ」
とギロっとにらまれた。
若殿はまず妹君の藤原温子・更衣に会いに行った。
藤原温子様は入内前、同じ屋敷に住んでいたので見たことはある。
一見すると若殿とあまり似ていないが、顎のくっきりと尖ったところは似ている。
目元が若殿よりもさらに切れ長で冷たい印象で、じっと見つめられるとこっちの考えを見透かされているようで怖い。
一言で言うと切れ者って感じがする。
そんな温子様が誰に何の弱みを握られて強請られているんだろう?と大いに疑問に思った。
若殿が温子更衣に会って話した内容は以下の通り。
「兄上、お久しぶりですね。お元気ですか?以前は同じところに住む兄妹なのに、年に数回会えばいい方でしたわね?」
と温子様が言うと、若殿はそんな皮肉には無反応で
「父上の話では何かお困りごとがあるとか?」
温子様は声を落として内緒話をするように
「そうですの。わたくしの不義密通の証拠となる恋文を手に入れたから、返してほしければ銭をよこせという文が届いたのですわ。」
若殿は意外だなと眉を上げ
「で、本当に不義密通したのですか?」
温子様はいたずらっぽく笑って
「それは、ご想像にお任せしますけど、わたくしその相手に銭を払うべきでしょうか?」
若殿は当たり前だといった風に
「偽の文なら別に放っておけばよいでしょう。本物なら帝にバレる前に回収したほうがいいでしょう。」
温子様はまた声をひそめて
「実は・・・・」
と若殿に何やらを耳打ちした。
若殿はわかったと頷き
「では、こうして下さい。まず、あなたの世話をしている女官たちに『いい臨時収入になる仕事がある』と言って、何でもいいので物語の巻子本を書きうつす仕事をさせてください。仕事内容と報酬の額を熱心に尋ねてくる女官の情報を書きとめておいてください。」
「報酬は兄上が支払うんでしょう?」
若殿はしぶしぶ頷いて、言い忘れたといった風に
「・・・あ~~~っ!そうだ!熱心に銭に執着する女官だけ、数人にだけ仕事をさせてくれ!例えば、自分の仕事が充分忙しくて大変なのに、何としてもやりたがるとか。何なら、仕事は途中で中止してもいい。」
と本音を漏らすと、
「要するに、銭に困ってる女官をさがせばいいんでしょ?女官がわかったら兄上に文で知らせますわね。」
と温子様が笑った。
(その2へつづく)