欲動の歓喜仏曼荼羅(よくどうのかんきぶつまんだら) その2
京の都の西端にあるその屋敷は、主殿、東の対、北の対、西の対、侍所、小さめの庭、など一通りそろった立派なものだった。
その密教集団は独自の髑髏法儀軌にのっとって加持祈祷や怨敵・魔障の調伏や呪詛を高額で行ってよっぽど儲けているのか、貴族の屋敷を言い値で即座に買い取ったらしい。
普通の護摩行や神道の儀式より髑髏を使ったその儀式がよっぽど興味深いのか、最近できたばかりというその密教集団にはひっきりなしに依頼がくるようだ。
私も好奇心から若殿に
「私もその儀式を一度見てみたいです!」
と頼むと、若殿はこめかみに青筋を浮かせて静かに怒りのこもった口調で
「・・・それは本当にダメだ。お前が十分大人になってからでないと絶対に見てはいけない!」
というのでますます気になった。
その屋敷に到着すると早速、侍所の雑色はニヤつきながら我々をジロジロとみて用向きを聞くと、東の対の出居に通した。
その人を小ばかにした態度に弾正台の役人はイラついていたが、その屋敷では暇そうにサイコロで博打をうってる男たちが至る所にたむろっていて居心地が悪い。
通された出居から南にある庭を眺めても、雑草が生い茂り、木の枝も伸び放題、池は干上がる寸前だし、岩も苔むしている。
屋敷の中も朽ちて割れた床板も剥がれた屋根瓦もそのままだし、獣の糞尿の臭いと酒の臭いや変な煙の臭いが立ち込めていて、一言でいえば荒廃している。
猫がたくさんウロウロしていたので糞尿の臭いは多分そのせい。
出居の廊下で御簾越しに密教集団の広報担当?である男と対面し、さらにその奥の几帳の陰には女が数人いる気配がした。
まず、弾正台の役人が居丈高に話し始めた
「我々は、連続強姦事件の犯人がこの密教集団の信者の一人だと思っている。一人ずつ取り調べしたいのだが。」
広報担当男はハハハと乾いた笑いをした後
「強姦ですって?我々は修行の一環で男女の交合を日々実践しています。何故騒ぎを起こして強姦する必要があるんですか?我々の中に強姦犯人はいません。」
弾正台の役人が焦って
「たまには気分を変えて、集団以外の女を襲いたかったんだろう!お前たちはならず者集団だからな!」
と暴言を吐くと、広報担当男はさして怒りもせず
「いいでしょう。どんな風貌の男か話してください。我々の一員なら差し出します。」
「背丈は私と同じぐらいだが、ヒョロヒョロにやせていて束ねた髪がクルクルのくせ毛だったそうだ。あと、強姦されたときに被害女性はネバネバした油のようなものをつけられたそうだ。」
「髭や手足の毛が薄いやつですか?」
弾正台の役人はうなずいて
「それも言っていた。」
広報担当男は几帳の奥に何やら話しかけて確認を取ったあと
「それなら鈴杵丸です。」
「やっぱりお前たちの仲間じゃないか!」
「いいえ。奴は我々の入団試験に落ちて仲間入りはできなかったんですよ」
と広報担当男は意地悪そうにニヤついた。
私は入団試験?何?こう見えて実はインテリ集団?と興味を持ったので
「どんなことをするんですか?」
と聞くと、広報担当男は
「童、仲間になりたいのか?そうだな。我々の仲間になるためには自分がどれだけ根性があるかを見せてもらわないといけない。
例えば、羅城門の二階から朱雀大路に飛び降りたやつもいたし、毒キノコや毒草を食べて死にかけたやつもいる。橋の上から鴨川に飛び込んだやつもいれば、野犬と素手で戦ったやつもいた。
お前もそんなことができれば仲間に入れてやる。だが、鈴杵丸は臆病でそんなことすらできなかったんだ。はっはっは!」
と愉快そうに笑った。
荒っぽいことができる根性がないと入れない集団って何が目的?犯罪行為?強盗とか殺人とか違法な事をするための集団なの?と疑問に思ったが、鈴杵丸は仲間になれなくても、強姦はやってのけるわけだから反社会的という意味では同じ人種だなぁと思った。
広報担当男は考え込んでる私を見て
「おい!鈴杵丸も俺たちも似たような犯罪者だと思ってねぇか?バカなことを言うな!俺たちは犯罪行為はしてねぇ。ちゃんと依頼があって髑髏の儀式をして、対価をもらって生活してるんだ。強盗や強姦やゆすり・たかりは・・・」
「全くしていないんですか?」
と素直に聞くと、広報担当男はちょっと考えて
「なるべく、できるだけ、してねぇ。・・・今は。」
と遠慮がちに答えた。
若殿が
「鈴杵丸の身元が分かるなら会って、直接尋問しましょう」
と言って我々は密教集団の屋敷を辞そうと立ち上がりかけると、几帳の奥から艶っぽい女性の声で
「そこの若君、あなたなら、わたくしたちはいつでも歓迎しますわ。」
と若殿に話しかけた。
若殿は少し皮肉気に笑って
「なぜ?私だけ目に留まったんですか?」
というと、艶っぽい女性が
「あなたは今の生活にご不満でしょう?もっと刺激を求めてらっしゃるように見えます。わたくし達ならあなたの退屈を取り払ってあげますわ!」
と上ずった声で話すと、若殿は口の端をゆがめて
「不満はありますが、あなた方のような刺激なら必要ありません。こうみえて退屈はしていませんし。」
「ふふふ。いつでもいらっしゃいね。死ぬほど退屈な生活にうんざりしたなら。」
という会話があった。
私はその密教集団の人々が独特の『何を考えてるかわからない』狂気的で暴力的な雰囲気と自暴自棄な性的放埓の雰囲気を醸しだしていて『邪教の狂信者』という言葉が思い浮かんだ。
若殿に
「鈴杵丸じゃなくてもあの集団に敵対する人々は多そうですよね?例えばちゃんとした密教のお坊さんとか、教義を曲解するな!とか怒りそうですし。苦情を弾正台に言ったご近所さんとか、そういう人が密教集団に恨みをもって、罪を着せようとして強姦したあと仏像をおいたのでは?」
「そういう常識的な人はまず強姦しないだろう?やっぱりあの集団に拒否された鈴杵丸が怪しい。」
私はあそっか!と納得。
(その3へつづく)