欲動の歓喜仏曼荼羅(よくどうのかんきぶつまんだら) その1
【あらすじ:京の都の大通りで起きた四件の連続強姦事件の犯人を突き止めるべく依頼された時平様は不思議な手彫りの歓喜仏の秘密を解き明かす。その裏には愛と死の欲動が支配する人々の姿があった。私は今日も面白そう?な場面で目を隠される。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回はより強い欲動とは生か死か?というお話。
ある日、弾正台(中央行政の監察、京内の風俗の取り締まりをする機構)の役人が若殿を訪れ、協力を求めたので、私も菓子のイチジクと白湯を給仕したついでに話を聞くことにした。
弾正台の役人は若殿に面目なさそうに口ごもりながら
「もうこれで四件目になるのですが、その、都の大路を通りかかる女性が何者かに攫われ、強姦されるという事件が連続しておこりまして、え~~、捜査が行き詰まりまして、その、評判の若君のお力を借りて解決したいと思いまして・・・。」
若殿は不思議そうに
「四件目?連続してると考えるという事は何か事件に共通の特徴があるのですか?」
弾正台の役人はごもっともと頷いて
「そうなんです。実は、大路の交差点の女性がさらわれた場所に、犯人が木彫りの仏像のようなものを残していまして。」
若殿はちょっと目を輝かせて面白そうに
「四体あるんですか?見せてもらえますよね?」
「もちろんです!」
と弾正台の役人は持ってきた風呂敷を解いて四体の仏像を若殿の目の前に並べた。
わざわざ自分の手で仏像を彫ってから、おもむろに女性を強姦するという犯人の妙なこだわりに私もワクワクしたので身を乗り出して仏像を見た。
四体とも、蓮華座の上で男と女が身体を密着させて抱き合って座っている姿で、私は今までに見たこともなく『これがホントに仏像?』と思った。
私が知っているのは、仏さま一人が手で印を結んで、立ったり座ったりしている仏像なので『ナニコレ?』と思っていると若殿が
「これは歓喜仏ですね?異国でよく見られるという。」
と弾正台の役人の顔を見ると、弾正台の役人は感心したように
「へぇ!そうなんですか~~!異国ではよくあるんですか?これはその・・・もしかして」
と意味ありげな視線を若殿に送ると若殿は同じように意味ありげにうなずいて
「そうです。男性尊格が配偶者と性的に結合した表現をもって空性の智慧(女性原理、自利)と慈悲の方便(男性原理、利他)との一致を体現した仏陀の境地を表しているそうです。」
難しい言葉で煙に巻かれそうだな?と思ったが、結局、男女の交合を現した仏像があるのねぇと勉強になった。
若殿がその四体・・・じゃなく?八体の仏像をひっくり返したりしてよく見ていたが、
「この男性尊挌はそれぞれ大日如来、阿弥陀如来、後二つも如来のように見えますが。」
弾正台の役人は感心して、
「はぁそうですか。で、何の意味があるんでしょう?」
と自分では考えず、楽して答えを聞き出そうとするが、私も同じく期待に満ちた目で若殿を見て答えを待っている。
若殿はう~~んと考えたのち
「五智如来だとすると、後二つの如来は、薬師如来、宝生如来、釈迦如来のうちのどれか二つでしょうね。四つのあった場所はそれぞれどこですか?」
「五条大路と朱雀大路の交差点、五条大路と東大宮大路の交差点、六条大路と朱雀大路の交差点、五条大路と西大宮大路の交差点、の四カ所です。」
「五条大路と朱雀大路の交差点、からちょうど東、南、西、の位置という事ですね?」
弾正台の役人は
「そうです!ちょうどそうなんです!だから何か意味があると思いまして。」
とテンションが上がる。
若殿は思いついたという顔をして
「これは・・・おそらく曼荼羅ですね!金剛界曼荼羅の成身会に描かれる五智如来です!その途中の四体でしょう。
大日如来を中心として東、南、西、北の位置に薬師如来、宝生如来、阿弥陀如来、釈迦如来が描かれるので、それに見立てて仏像を置いたのでしょう!しかし、歓喜仏ではないはずですが、おかしいですね。」
と最後は不思議そうに言った。
私は疑問に思ったので
「男性が如来なら女性は何の仏さまなんですか?」
と無邪気に聞くと、若殿が像をよく見て
「これは荼枳尼天か瑜伽女だろう。無上瑜伽タントラの密教修行において、行者の性的パートナーの役割を担うという。」
弾正台の役人はハッとして
「それ!聞いたことがあります!最近、荼枳尼天を祀る名称不明の密教集団が現れ、『髑髏本尊』という髑髏を本尊とする性的儀式を行うらしいという密告がありまして、近所の屋敷でその儀式をしてるようだからどうにかしてくれとの苦情で!風紀が悪くなるので取り締まろうかと役所で協議していたところです。」
荼枳尼天、密教、性的儀式という共通点があるなら絶対その密教集団が怪しい!と決まったので私は
「若殿!その密教集団のアジトに早速乗り込みましょう!」
と意気込んで言うと、若殿はこっちを横目で見て私の情操と性的刺激への影響に配慮して、連れていくべきかを悩んでいるようだったが、結局私の
「大丈夫です!」
というゴリ押しに負けて連れて行ってくれた。
(その2へつづく)