獄門の木(ごくもんのき) その4
藤原邸にやっと帰ってくるなり若殿は大殿に調査報告をするとともに何かを訊ねていた。
私は旅の疲れを癒すためにぐっすり自分の房で休ませてもらったが。
いよいよ中条千尋を問いただしに行くというので私は『これは見逃せない!』と意気揚々とついていく。
対面すると、中条千尋はなかなかのイケメンで、少しぽっちゃりとして、お腹もでていたが、それは優雅な貴族の証とでもいえるし昔はさぞかしモテただろうと思わせた。
何よりも滑らかな口調と立て板に水の巧みな話術に聞きほれた。
若殿に対するお世辞を十から二十も並べたかと思うとやっと静かになった。
例えばこんな風に
「あぁ!何と幸せな事でしょう!栄華の頂点におられるあの!関白殿の将来有望な、殿上人の間で今最も有能な若者と噂されるあの!頭中将殿にお目にかかれるなんて!もうこんな幸せはもうこの先いく度もないでしょう!それに・・・」
とオーバーに身振り手振りをつけて言うので若殿も辟易していた。
口八丁とはこの人のことだ。
口先選手権があるなら何度も優勝してるだろう。
若殿がやっと自分の番だと口を開く
「あなたが寄三郎を使って、多くの村に何かを送ったあと、その村の村人に一定数の発狂者がでているのは偶然の一致ですか?」
と怖い顔で中条千尋を見つめると中条千尋は固唾をのんで黙り込んだ。
「発狂者が散発していると報告を受けた村とあなたが寄三郎に命じて贈り物をした村の多くが同じなのです。ただし、発狂者がでるのは、あなたが贈り物をした日付より半年から一年以上後ですが。」
中条千尋は焦ったように
「な、何のことでしょう?贈り物?私が?誰に何を送ったというのですか?寄三郎に何を命じたと?」
としらばっくれた。
「あなたの北の方が、あなたが寄三郎に渡した文の詳細を書き写していました。ここに証拠があります。」
「だから何ですか?私がその村に何かを送ったとしても偶然の一致で、狂人の発生などとは無関係です!」
「いいえ。貴方が贈ったのが腹の虫の卵なら話は別です。あなたが、発狂の原因となる腹の虫をそれぞれの村に寄三郎の手でばら撒かせたのです!」
私はびっくりして口をはさんでしまった
「はっ?なぜ?そんなことをしたんですか?何のために?」
若殿はニヤリとして中条千尋に向かって
「ここに、牟婁郡で、苦楝皮を千 大両(約37.5㎏)を二千文で買い付けるようにと指示した文があります。これは虫下しの薬ですね?」
私は知らなかったので
「苦楝皮てなんですか?」
「苦楝皮は樗(今のセンダン)の木の皮だ。」
私は、そういえば罪人の首を獄舎の門の側にあった樗の木に架けて晒したことから、樗といえば『獄門の木』といわれる事を思い出した。
その『獄門の木』の皮が虫下しの薬になるのか~~~!なんだか効き目が強そうだなぁと思った。
若殿が中条千尋に向かって
「あなたは村に腹の虫をばら撒かせ腹痛や吐き気や下痢に苦しんだ村人が多数出るのを見計らって、今度は寄三郎に薬を売りにいかせ、その売り上げで私腹を肥やしましたね?」
中条千尋は真っ青になって饒舌の一言も出せずただ唸るばかりだった。
「あなたは、まれにいる虫が脳に回って発狂した人は、それを薬では治療できず死を待つばかりであることを知っていましたか?それなら、何人も殺したことになりあなたの首も獄門にさらすことになりますよ?」
中条千尋はブルブルと震えだしたが、小さな声で
「し、知らなかったんだ!だが、もしかして・・・とは思った。だけど!・・・だけどやめられなかったんだ!」
「なぜ!?そんなに銭が欲しかったのですか?あなたも官人でしょう?庶民よりはいい暮らしができているはずだ!なぜ銭に固執したんですか!人に虫を感染させてまで!」
と若殿が詰問すると中条千尋はぽつりぽつりと話し始める。
「妻が・・・妻が欲しがるものをなんでも買ってやりたかった。私は妻を幸せにすると約束したんだ!妻が一生、笑顔で楽しく暮らすためには官人の給料だけではとても足りなかった。
妻を今でも愛しているし、側にいてくれるだけで私は満足なんだ。だが、妻は銭をたくさん与えないと私を愛してくれない!私を嫌って離れてしまう!だから、だから私はこうするしかなかったんだ・・・うっうっ」
と泣き崩れた。
お互い愛しあっているのに、相手が本当に喜ぶことが何かがわからなかったんだなぁと思った。
妻は高価な流行りの調度品や衣装や宝飾品も欲しかったのかもしれないが、それよりも夫に側にいてほしかったし、夫は妻が一番欲しいものを銭だと勘違いした。
お互い一緒に過ごす時間を増やして話し合えばこんなことにはならなかったのかも。
中条千尋はきっと、村の様子を調べたり、薬の買い付け先を探したりと忙しく飛び回って妻と過ごす時間が減ったんだろうと思った。
若殿は見過ごせないとして朝廷に中条千尋のことを報告し、中条千尋は獄舎につながれ刑部で裁かれるのを待つ身となった。
私はしんみりと
「愛する人のためとはいえ、中条千尋は方法を間違えましたねぇ。」
というと若殿は、語気を強めて嘲笑うように
「咎人の首をさらしかける木を悪事に利用した揚げ句、おのれの首をさらすことになるとは、酔狂な奴だな。」
と言ったが、嫌悪感を含んだ厳しい顔を若殿が大げさにわざと作ったように、私には見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
寄生虫、ウイルス、細菌、催眠術、などよく考えると怖いものは数え切れないくらいありますよね~~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。