獄門の木(ごくもんのき) その2
若殿は狂人発生事件の調査に出かける前に中条千尋の下人の寄三郎に会って話を聞くことにした。
中条千尋の下人・寄三郎は四十半ばのごく普通のどこにでもいるおじさんだが、特徴と言えば太い眉と彫りの深い目元ぐらい。
若殿が
「北の方の話ではあなたが中条千尋殿の浮気相手に贈り物を届けているとか?本当ですか?」
寄三郎は鼻の横にしわをよせてフフンと笑い
「ばかばかしい。奥様の勘違いですよ。主は奥様を本当に愛していらっしゃいます。」
「では、あなたは誰に何を届けているのですか?」
「それは、主の許可がないと何も話せません。でも浮気相手に贈り物を届けているということは絶対にありえません。もういいですか、忙しいので。」
と話を切り上げて我々を追い払った。
若殿と私が最近、村人数人が発狂したという猪飼村という村を訪れると、その村の村長は出迎えてくれて早速、発狂したという村人の養生している小屋へ案内してくれた。
その小屋は、竈がある土間と少し高い床の室からなり、床には板が張ってあり、屋根は藁で葺いてある小さな小屋だった。
壁は板をつなぎ合わせてできており、一丈x一丈半(約3mx4.5m)ぐらいのさほど広くないが、なかなか居心地よさそうな小屋だった。
褥の上には男が横になっていたが、目の焦点はあっておらず口を開けてぼんやりと寝ている。
村長が
「この前まで、頭が痛いところげまわったり、全身が痙攣したり、物を壊して暴れまわったりと手が付けられんかったんじゃが、最近はぼんやりと寝ている事しかできんのです。自分の名前すらわからんようになった。」
と首を横に振る。
若殿が
「他の村人も同じ症状ですか?」
村長は思い出すように考えこんで
「まるきり同じではないなぁ。目が見えんようになったりするのもおれば、人が変わったように残忍になったりするやつもいれば、訳の分からんことを言ったり、痙攣の発作をおこすやつもいる。全員はじめは頭が痛いとは言っていたなぁ。」
若殿は眉根をよせて考え込んだが
「村を調査してよろしいですか?」
「あぁ。皆には京から客人が来ると伝えてあるので協力するとは思いますが。」
若殿はまずさっきの病人の妻に話を聞く
「あなたの夫は何か特別なもの、キノコとか野草を口にしましたか?」
「いいえ。私と同じものしか口にしておりません。」
「狂ったように凶暴な犬や狸のような獣が周囲にいませんでしたか?」
「いいえ。それはありませんわ。」
「飲み水の味や臭いがおかしかったとか、沼や池や湖や川で泳いだとか、中に入って魚を取ったとか何かしましたか?」
「さぁ?もしかしたら私の知らないうちに魚をとったりしたかもしれません。でも私たち誰でも水にはいりますわ!なぜ夫だけ?」
「水から上がった後、皮膚が痒くて赤い湿疹ができるなどの異常がありましたか?」
「さぁ。そんなこといちいち覚えてませんわ」
となかなか疫病の原因は特定はできないようだ。
私は尿意を覚えて閑所をさがすと、近くにいた村人から下に糞尿をためるようにした場所を案内された。
この村ではこれを畑の肥料に使うとの話だ。
めずらしいので下に溜まった臭いものをまじまじと眺めていると、きしめんみたいな平べったくて長い白いものがあったので、ぞっとして若殿に報告した。
「蛆かな?それとも・・・」
と若殿は呟いたが、考え込んでいる。
そのほかにも村の様々な場所を見て回った。
例えば、瓜や葉物野菜を育てている畑だとか、稲が青々している田だとか、猪を飼育している囲いがある場所だとか、野草をとる林だとか、果樹だとか池や川など。
一日中歩き回ったのでクタクタになった私は
「今日はもう終わりにしましょう!用意してくれた小屋で寝てもいいんでしょ!」
と音を上げると、今日の調査は終わりになった。
村長が用意してくれた野菜ばかりの夕餉をいただこうとすると、若殿が
「野菜は生のものは、竈に火を入れて茹でなおそう。飲み水も一度沸騰させよう。」
というのでめんどくさいが従った。
食べ終わるとお腹がいっぱいになって眠くなったが、若殿は中条千尋の妻からの依頼も忘れてないようで預かった紙をパラパラと眺めていたが急に
「あっ!」
と声を上げた。
私は眠かったので無視しようかと思ったが一応
「何ですか?」
と聞いてあげると、
「去年の四月に寄三郎はこの村に贈り物を届けている!」
「・・・本当ですかぁ?ふぁ~~~。むにゃむにゃ・・・じゃぁ誰が何を受け取ったか明日村長に聞いてみましょう。」
と私が言うと、若殿は頷いた。
(その3へつづく)