敗残の山佐知毘古(はいざんのやまさちひこ) その2
まぁ死ななかったらこの呪いが完全にウソだってバレるけどね。
私はアレ?と思って
「そもそも、朝堂院に出入りできる人間しかこの文の通りに実行できないですよね?こんな限定的な指令をする呪いって無理がある気がします。」
というと若殿もうんと頷いて
「日付も七月三十日と限定的だしな。近相が弓矢は持ち込んでいないというからには弓矢を持ち込んだ者がこの呪いの文を作った犯人で、父上を射殺そうとした奴かもしれない。」
と弓矢を朝堂院に持ち込んだ犯人を捜すことにした。
七月三十日に朝堂院に出入りした官人や雑色全てに話を聞くことなどできないので、若殿は知り合いの官人数人に話を聞くと、また呪いの文の話がでてきた。
それは近相の文とは少し文面が違い、一つ目の『丑寅(北東・鬼門)に向かって矢を放つ』というところが、『七月三十日に朝庭中央に弓矢を置くこと』という指令になっていたらしい。
しかし、この文が様々な人に広まっているとしたら弓矢を置いた犯人を若殿はどうやって見つけるのだろう?
数百人にもなる官人全員に話を聞くなんて現実的ではないし、若殿はどうするんだろう?と思っていたら、若殿は陰陽寮の官舎に出かけて何やら頼んでいた。
私には
「お前は従者仲間に『山佐知毘古の呪いを解くお札を陰陽寮の陰陽師が用意したから、欲しければ藤原邸に来ればもらえる』という噂を広めてくれ。私も同僚に噂を流す。」
私は、なるほど!呪いを本気にして不安に思っている人なら呪いを解くお札を欲しがるだろうなと思った。
呪いを信じない人はお札もいらないし、朝庭に弓矢も置かない。
呪いを信じていればいるほどその通りに実行する人だから、お札を欲しがるというわけか。
その中には弓矢を置いた人もいるかもしれないし、ナイスアイデア!と思ったが、
「そんな噂ぐらいで、人々に情報がいきわたるでしょうか?ちゃんと張り紙とかで知らせたほうがいいのでは?」
「呪いの文を広げるような流行りもの好きで噂好き・呪い好きな人種はすぐに飛びついて広げてくれるさ。父上の暗殺未遂のゴシップと一緒にな。」
「でも、弓矢を置いた人は、唯一呪いの文の指令通りにやった人だから、自分だけは呪われないと思ってお札を取りに来ないのでは?」
と私がビシッと核心をつくと若殿は渋い顔をしたが
「とりあえず、呪いの文の広がり具合と、内容とを調べたいからやってくれ。
それと、お札を取りに来た人には覚えている呪いの文の内容と自分の名前、送った相手の名前、を書きつけてもらうように。」
私は忙しくなりそうだな~~と思いながら命令通りに働いた。
色々な人が藤原邸にお札をもらいに来たが、一様に心配そうな顔をして、本当に山佐知毘古の呪いを信じているようだった。
お札と引き換えに
「書き付けてもらった内容に嘘があればお札の効力はないですよ~」
と伝えたので、その脅しも効いたようで、みんな正直に書いてるように見えた。
私はこの中に弓矢を朝庭中央に置いた人がいるのか?この人かな?あの人かな?とチラチラ顔を見ていたので余計に不安な顔でお札を受け取る人が多かった。
何十枚もの書き付けが集まったが、これをみてどうやって犯人を絞るのか?がわからなかった。
若殿はざっと目を通すと
「朝堂院に入れない身分や年齢・性別の人は除外してくれ。書き写した文面の日付の七月三十日が間違っている場合は実行できないので日付を間違っている人も除外してくれ。
あとは、朝庭中央にと書いてない人を除外・・・いや待てよ、確か目撃者に話を聞いた時、犯人は丑寅(北東)ではなく、東に向かって矢を放ったと言っていた。
弓矢を置いた人は朝庭中央という指示を守っていない。ということは書き写した文面に『中央』がぬけた文面を書いている人を探してくれ。
そいつが弓矢を置いた人だ。」
私はアレ?と思って
「という事は、弓矢はそもそも大殿が朝政で座る場所である昌福堂からみて南西(北東の逆)ではなく、真西に置かれてたという事ですか?」
「そうだ。・・・近相は文の通りに矢を放ったと言ったが、北東方向ではなく、父上をちゃんと狙って真東に矢を放った。」
私はハッとして
「近相は文に操られて、無意識に矢を放ったわけではないということですね!」
若殿は深刻な顔で頷いた。
「近相にもう一度話を聞く必要があるな。」
私は『丑寅の方向に矢を放て』という曖昧な命令で、大殿をギリギリ掠めるような矢を放つ事なんてやっぱりできなかったんだ!と思った。
近相は初めから大殿を射る気で矢を放った。
でも、なぜ?わざわざ呪いの文を作って、それを人々の間に広めてまで?
自分が直接実行するなら、そんなめんどくさいことをしなくても、こっそりと暗殺すればいいのに?と疑問に思った。
若殿が刑部省の官舎に近相に会いに行くというので私もついていく。
近相は若殿の顔を見ると
「何だ。もう全部わかったのか?」
と言った。
若殿は
「お前が丑寅の方向ではなく真東に矢を放った事で、文の内容通り実行してないことが分かったからだ。お前が文に操られたといったのが嘘だと。
弓矢が文の通り朝庭中央ではなく、北寄りに置かれていたことでそうせざるをえなかったんだろう?」
近相はハハハと乾いた笑いをして
「ちゃんと弓矢は中央に置かれていたよ。私が少しでも近くから基経伯父に矢を射ろうと移動したから、真東から射たように見えたんだ。欲をかいて失敗したなぁ。」
「もし、誰も呪いの文に従わず、朝庭に弓矢が置かれてなくても、暗殺を実行したのか?」
近相はじっと若殿の目を見てフフンと鼻で笑うと
「ああ。やったさ。」
と吐き捨てた。
若殿が苦しそうな表情をして
「なぜ?父上をそんなに恨んでいるんだ?父上がお前に何をした?」
(その3へつづく)