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平安貴族の侍従・竹丸の日記  作者: RiePnyoNaro


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天狗の妖術(てんぐのようじゅつ) その4

今度は紀有唆(きのありさ)が陽成院にあやつられたということか?


陽成上皇は今上帝(きんじょうてい)のご暗殺をお(はか)りになったのか?まさか!そんなことをすれば上皇といえどもただでは済まないのでは?よくて生涯禁足?悪くて流罪?どうなるんだろう?と思いを巡らしていると、若殿(わかとの)が現れ


「帰るぞ」


というので、


「えぇ!いいんですか?取り調べは?帝の警護は?」


と慌てて聞くと、若殿(わかとの)


「今夜はもう刺客は現れん。取り調べでも紀有唆(きのありさ)はおそらく操られたというだけだ。」


先刻承知(せんこくしょうち)のたたずまい。


紀有唆(きのありさ)若殿(わかとの)と同じように陽成院に操られたんですか?若殿(わかとの)も妖術にかけられてあの奇行をしたんですよね?どんな方法で?どんな気分なんですか?」


若殿(わかとの)は困ったように


「一気に聞かれても困るが、確かに紀有唆(きのありさ)がかけられた妖術は私と同じものだった。」


私は声をひそめねば重大事だと思ったのでヒソヒソと


「ということは、帝の命を狙ったのは陽成院ということですか?」


若殿(わかとの)は本当にどうしようか?と迷っていたが


「お前は、誰にも漏らさないと誓えるか?」


と真剣に聞くので、私はウンウンウンウンと頸がちぎれそうなくらいすばやくうなずく。


多分私の目がキラキラしていた。


それをみて心配になったようでいや~~な顔で私をみてためらったあげく黙り込んだので私が


「誓いますっ!絶対、ぜ~~~ったい、誰にも言いません!」


ときっぱりというと、若殿(わかとの)もしょうがないとため息をついて話し始めた。


「そもそも、陽成院がかけた妖術というのは強力な暗示だった。陽成院はまず私をリラックスさせ、その場にある事実と取らせたい行動を因果関係でつなげて話した。

例えば『お前はそこに座って私の言葉を聞きながら目を閉じて、膝に乗せた手の重さを感じている。そうしていると体の力が抜けまぶたが重くなってくる。

体の力が抜けてくるとどんどんまぶたが重くなり、どんどん眠くなる。』など。そこで私が『本当だ。まぶたが重くなっている。眠くなるに違いない』と思い込めば後は言葉に従うようになる。

そうしておいて、取らせたい行動を暗示する。私の場合は確か『帝の前で肌脱ぎして扇舞(おうぎまい)をしたくてたまらなくなる』だったな。」


私は方法が簡単なのに驚いたのと、それだけ状況を冷静に把握できたのに奇行をやめられなかったのか!という衝撃で


「え~~!そんなことであんな狂態を演じさせられるなんて!陽成院はすごいですね!というか怖いですねぇ!自殺させられたりしそうで!」


と半分感嘆の声を上げると、若殿(わかとの)は少しバツが悪そうに


「実は、私はわざとあの狂態を演じた。」


「えぇ!わざとですって!何てことを!大殿と大奥様がどんなに悲しんだと思ってるんですか!若殿(わかとの)の将来にすっかり絶望してますよ!」


何考えてるんだ?バカじゃないの!?と心の中では付け加えて。


「なぜ?わざとあんなことをしたんですか?」


「私が妖術にかかったフリをすれば、陽成院は成功したと喜んで調子に乗って他の貴族にも妖術をかけるだろうと思ったからだ。」


「で、陽成院が貴族を操って帝を暗殺すると思ったんですか?」


若殿(わかとの)は少し口の端をゆがめて、苦々しそうに


「いや、陽成院は野心はおありだが、基本的に享楽的で単純なお方だ。今その瞬間が愉快なら、世間の批判だろうが気にせず天狗の妖術を使ってでも楽しもうとなされる。

帝に嫌がらせをして楽しもうとは考えても、暗殺してまで帝位を再び奪おうという気概(きがい)はおありにならない。」


「え?でも紀有唆(きのありさ)は小刀を握って御帳台(みちょうだい)に倒れ込んだんでしょう?明らかに暗殺しようとしてましたよね?」


若殿(わかとの)はニヤリと笑って


「そう見えたか。うまくいったようだな。」


・・・まさか!若殿(わかとの)が小刀を仕込んだのか?紀有唆(きのありさ)が暗殺犯に見えるように?!


何てことを!紀有唆(きのありさ)に濡れ衣を着せるなんて!


私の嫌悪感の混じった驚きの表情を見たのか若殿(わかとの)が寂しそうに


「・・・これは、帝と計画したことなんだ。帝は陽成院と皇太后の勢力を弱めようと考えられた。」


「陽成院が妖術で紀有唆(きのありさ)を操って帝暗殺を仕組んだという噂を立てて、あわよくば陽成院を禁足処分にするつもりだったんですか?」


「帝もそこまで事が進むとは考えておられないようだが、これからは陽成院も少しは大人しくなるだろう。皇太后も懲りてくれればいいんだが。」


私はふと思い出したので


「この事件の直前に宇多帝の姫に『にいさまを守って』と頼まれたんですが、若殿(わかとの)が全て承知の上の事なら、姫は一体何から若殿(わかとの)を守りたかったんでしょう?」


と素朴な疑問をぶつけてみると若殿(わかとの)は悲しそうな、けれども決然とした表情で


「もう遅いが、私が詐術(さじゅつ)欺瞞(ぎまん)を平気でやってのける悪党になることから・・・かもな。」


と言った。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

催眠術って複数の人にかかると事実が変わって大変な事になりますよね~~。

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

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