天狗の妖術(てんぐのようじゅつ) その1
【あらすじ:陽成院がまだ帝だったころに覚えた妖術は、小さい人々の祭り行列を出したり、体の一部分を消したりできる不思議な術。時平様がその術に操られ奇行に走り、このままだと失脚してしまう。私は自分の安楽な将来のため、時平様を見捨てるわけにもいかないので今日もぴったりお供する。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は人々を惑わす天狗の妖術がそれほど優れたものならこの世の転覆は朝飯前かも?のお話。
ある日、若殿が内密に宇多帝に呼び出されたらしく、宇多帝の姫のいる別宅に行くというので私もお供した。
宇多帝の姫は久しぶりの再会に喜んで、若殿に
「にいさま~~!あいたかったわ!」
とかけてきて抱きつこうとしたが、若殿はやんわりと身をかわして
「浄見、むやみに人に抱きついてはいけないよ。」
と頭をなでた。
宇多帝の姫は大きな瞳を寂しそうに曇らせ、しょんぼりしていた。
若殿は帝の待つ母屋へ、私と宇多帝の姫は姫の普段使っている対へいって遊ぶことにした。
今更だが、宇多帝の姫の容貌でまず一番人目を引くのは大きくて潤んだ瞳と長いまつげ、唇は小さいが厚みがあって赤い。
頬はふっくらとして白く、鼻は筋が通っているがやや小さい。
それぞれがやや丸い顔にバランスよく置かれているので、幼いながらも端正といえる緊張感もある。
私も宇多帝の姫の見た目は可愛らしいとは思うが、気が強くてわがままなところはちょっと苦手だ。
若殿が夢中になるほどのものでもないと思う。
貝合わせ(ハマグリの二枚の貝殻を出貝と地貝とし、形があったものを選ぶ遊び)で遊んでいる最中でも、私が
「待った!もう一度、地貝を選ばせてください!さっき姫のも待ってあげたでしょう!」
と言っても、姫は
「だめよ。竹丸はもう二回目でしょ!もう待ったはなしよ!」
とルールを決めつける。
自分が地貝を選ぶ番のときにはたっぷりと時間をかけて地貝を吟味し、私が待ちくたびれてあくびをし、ウトウトしていると、突然
「竹丸さん、にいさまを守ってあげてね。」
と言うので、私はよだれをすすって、目をぱちくりさせ
「はっ?何のことですか?」
「夢でね、にいさまの様子がおかしくなっているのが見えたの。そばについているあなたが、にいさまが大丈夫なように守ってね。」
と顔を上げ、私を見つめながら真剣に言う。
夢?何のこと?若殿に何があるっていうんだろう?と思ったが六歳の少女のいう事を真に受けても仕方がないので
「・・・はい。一応頑張ります。」
とテキトーに答えた。
若殿が帝と話し合いを終え顔を出したので、これからここで菓子を食べるのかな?今は甜瓜の季節だ!とワクワクしたが若殿が
「竹丸、帰るぞ」
とそのまま家に帰りそうなのでがっかりして急いでついていった。
宇多帝の姫も見送りに門までついてくるが、若殿がゆっくり遊んでいかないのがよっぽど悲しかったのか
「にいさま、今度はゆっくり遊んでくださいませね。浄見は字もいっぱい覚えたし、うまくなったのよ。見せて上げますから。」
と涙をこらえてお願いしていたのがいじらしかった。
若殿はにっこりと微笑んでいるが、どこか寂しそうに
「浄見、私も忙しくなってきたから、もう一緒に遊ぶことはできないかもしれない。父君に遊び相手を見つけてもらうように伝えておくよ。」
と頭をなでながら言うと、姫は苛立った泣きそうな表情で
「いやよっ!にいさまじゃなければ、遊び相手なんていらないわっ!」
と言いながら、若殿に不意打ちをくらわせて抱きついた。
若殿が困ったように
「わかったよ。今度来た時は遊ぼう。今日は用事があるから早く帰らないといけないんだ。」
と姫の腕をもって自分の体から引き離した。
「・・・にいさま、浄見のことがきらいになったの?」
と潤んだ瞳で見つめられた若殿は苦しそうな顔で
「違うよ。だから、今度来たときはゆっくり遊ぼう。」
というと、姫はパッと明るい顔になって
「浄見のことはすき?」
若殿は真面目な顔で頷き
「あぁ。・・・好きだよ」
とゆっくりと言った。
私は二人があまりにも真剣に二人の世界に入り込んでるので『なんだか恥ずかしくて見ていられないなぁ』と体がむずがゆくなったが、お邪魔しても悪いのでじっと黙って待ってる。
まぁそれにしてもこのセリフも十年後ならまだ普通に聞けたかもしれないけど、いい歳して幼女相手にこの人は何をいってるんだ?と思いながら。
(その2へつづく)