不老の唐衣(ふろうのからごろも) その2
森の入り口と反対方向に進めばどこかの対屋にたどり着くだろうとズンズン歩いて、やっと若殿のいる出居のある東対についた。
菓子や白湯を給仕している侍女が渡殿を歩く姿を見かけたが、やっぱり肌は抜けるように白く、光沢のある紗の織物の単衣を身に着けている。
若殿の横にすわり、だされた変わった菓子を物色していると、若殿が茶色い皮をむいて、中の白い実を出して口に入れてくれたので食べると甘くてちょっと酸っぱくて、独特のいいにおいがする(レイシ)。
感動するくらいおいしかったので、もう一個口に入れてくれることを期待して口を開けて待っていたが、皮をむいた後、若殿は自分の口に入れた。ちっ!毒見だったのか!
若殿が話していた長岑小名様という貴族は、長岑茂知丸と似ていて美形だが、やっぱり際立つのは肌の白さと透明感。
そして長岑小名様の年齢は五十半ばと聞いたのに、三十前半にしか見えない皺のない顔、肌のハリとツヤ、水干も長岑茂知丸と同じく光沢のある紗でできている。
『やっぱりこの屋敷は何かがおかしい』
としみじみと感じた。
若殿と長岑小名様との話はほぼ終わったようなので、帰路につくことになった。
帰り道、若殿に
「ガラの悪い連中による銭の無心は何だったんですか?」
「それが、今まで何回もあるものを購入していたんだが、最近になって急に値上げを要求してきて、差額を絶対に払えとしつこいそうだ。」
「あるものって何ですか?」
若殿が面白そうにニヤリと笑って私の顔を覗き込み
「不老不死の妙薬だそうな。」
と冗談めかして言う。
私は合点して
「あっ!それは本物の不老不死の妙薬ですよきっと!だってあの屋敷の人は私が見た人全員が異様に肌が白くてキレイで、美形でした!それに長岑小名様のあの異常な若さ!」
「帝もきっとそれを長岑小名に調達させているのだろう。」
「でも、あそこで変わった動植物を見ましたが、妙薬はあそこで育てているものからできるんじゃないんでしょうか?ガラの悪い連中に頼まないと手に入らないんでしょうか?」
「変わったものとは何があった?」
「カマキリとスズメバチの混血の虫とか馬とロバの混血の馬とか、トゲのついた肉厚の葉のある木とかです。」
若殿は信じられないらしく疑いの目で私を見るが、私は確かに見た!
「あそこの人々は本当に同じ人間なんでしょうか?様子もおかしいし、あの場所だけ異国みたいです。」
若殿はちょっと考え込んだが
「実は、長岑小名の氏姓は白鳥村主といって、漢人の末裔なんだ。」
「白鳥と言えば天人が白鳥の姿で湖に舞い降り、羽衣を木に掛けて水浴びをしていると羽衣を盗まれて、人間と結婚し子供を残すという伝説がありますよね?」
私はハッとひらめいた!
「長岑小名様の一族は天人の末裔ではないんですか?あの独特の光沢のある紗の織物は羽衣では?」
と勢い込んで言うと若殿が真面目な顔で
「実は、その噂は朝廷内でもまことしやかにささやかれている。」
「ですよね!あの異様に若いままで老けないのもきっと天人の子孫だからですよ!あの人々は天人と人間の混血なんですよ!あの屋敷に不思議なものがいっぱいあるのも、天人がもってきたんですよ!」
「いや、あれは長岑小名の父君が遣唐使で唐に渡った時に種や苗を持って帰ったという事だが。それに織物は唐の機織り技術を使って、独特の織物を開発したらしく、献上品の一つらしいが。」
私は血みどろの壺を思い出して、
「でも・・・若殿!私は生臭い、血に膜のような白い物がまざったものが入った壺を見ました!あれは人間の生き血か内臓なんじゃないですか?もしかして天人じゃなくそれを食べる・・・鬼かもしれませんよ!」
私は長岑小名様のあの美形の顔がビロンとはがれて、角が生え、裂けた口から二本の長い牙を生やし、口の端からは血を滴らせた、血走った目の吊り上がった鬼の形相が出てくるのを想像して身震いした。
「鬼なら人間に化けることもできますよね?鬼なら年をとらないんじゃないですか?鬼と人の混血かもしれない!」
私はゾクゾクと鳥肌が立ったが、天人にしても鬼人にしても長岑小名様の一族は人外のものの可能性が高いと思った。
だけど若殿は腑に落ちないという表情で
「鬼にしても天人にしても、あの屋敷の使用人までが若いままというのは不自然じゃないか?それに不老不死の妙薬を飲まずに若くいられるなら、ガラの悪い連中に調達させる必要はないし。」
私はそれもそうだしと思ったし、そもそも
「はじめから不老不死の妙薬を売ってる相手に話を聞けば解決ですよね!」
と結論を言うと若殿は
「そうだが、長岑小名は肝心のその部分を言わなかった。帝が知りたいのもそのことらしいが、口を割らないつもりらしい」
「じゃあどうやって突き止めるんですか?」
「とりあえず今度そのガラの悪い連中が屋敷にきたら私に知らせてくるそうだ。」
「そこで若殿が出て行って対応するということですか?」
若殿はうんと頷いた。
(その3へつづく)