供犠の雨乞い(くぎのあまごい) その3~竹丸、鏡の向こうにあの世があると知る~
晴蕪の屋敷を出て、次の『声かけ事案』の犯人のところへ向かう途中、馬を歩かせながら私が
「十三人の妻たちは嫉妬に狂って暴れたりしないんですかね?
あっ!でも生活のためと割り切ってるなら嫉妬しないか~~~~!
愛情が無ければ嫉妬もしないですよね~~!
ま、銭で雇われてる使用人と同じっちゃ同じですものねぇ~~~。
仕事内容がアレなだけで。」
若殿が苦々しい表情で
「まだ十歳の子供の言葉とは思えんな。
身も蓋もない。
しかし全く理解できんな。
嫉妬もしないような愛情のない妻たちを十三人も集めて何が楽しいんだ?
面倒事が増えるだけ、と思うのは私だけか?
嫉妬されればされたでさらに面倒だ。
妻たちがお互いを恨み、殺し合うかもしれないし、それを毎日なだめて日々を過ごすなんて想像するだけで、くたびれ果てて死にそうだな。」
馬の背にゆられ、ふと空を見上げると冬とは思えないぐらい陽射しが強い。
道に視線を落とすと、カラカラに乾いた固そうな地面は馬の歩みに合わせて土埃がまいあがり、道端の草も茶色くしなびている。
「雨乞いの儀式はまだ効果がでませんね~~~!」
若殿はまっすぐ前を向いたまま険しい表情で
「魃を係昆山に帰すことができなければ、鳳と夔龍に雨を祈るしかないな。」
え?何ソレ!
テンションが上がり
「何ですかソレ??!!」
「唐の国の神話だ。
鳳は言わずと知れた鳳凰のことで、縁起の良い伝説の霊鳥で降雨の神ともいわれる。
夔龍は請雨のために龍神に捧げられた犠牲獣である牛が一本足になった姿とも、天から地上に落ちる一本の雷の姿を現すともいわれる。(*作者注1)
この二つの神獣が刻まれた銅鏡は夔鳳鏡と呼ばれる。
夔鳳鏡はわが国でも古い古墳から出土することがある。(*作者注2)」
「へぇ~~~~!
龍神へ雨を祈って生贄に捧げられた牛が、『降雨の神さま』の姿に採用されたんですか!
見てみたいですねぇ~~~!」
若殿は眉を上げ面白そうな声で
「夔鳳鏡は古代の唐国で雨乞いの儀式に使われたと私は考えている。
現在の『請雨法』で孔雀明王の図像を掲げるように、祈りの対象として掲げられたんじゃないかな?」
へぇ~~~~!
ま、ありそうっちゃありそう。
二人目の少女誘拐未遂犯人の屋敷へ着くと、紀柳というその男と会って話をすることができた。
若殿が巌谷から入手した情報によると、紀柳は古物商で人々から不要になったまだ使える陶器や衣、書や道具類を買いとり、必要な人に売っているそうだ。
紀柳は土地を開墾した際にまれに出土する『古代の遺物』を特に愛好する収集家で、ときどき他の収集家にも販売しているそうだ。
紀柳と対面した若殿がまだ不機嫌そうなケンカ腰で
「少女を誘拐した経緯を話せ」
と詰め寄る。
紀柳は五十歳手前の、白髪が萎烏帽子からのぞく男性。
目を泳がせ口をモゴモゴさせ、怯えたように話し始めた。
「その当時、偶然にも、ある経路で夔鳳鏡が手に入ったんです!
喉から手が出るほど欲しかった逸品ですから、毎日毎日、その混沌とした神話時代の儀式と思想を彷彿とさせるような複雑で難解な紋様を眺めては悦に入っておりました。
ある日、いつものように心ゆくまで夔鳳鏡の紋様を眺めたあと、ふと、鏡に自分の顔を映してみると、そこには私ではなく娘の顔が映っていたのです!
娘は十年前に幼くしてこの世を去りました。
驚きましたが懐かしさのあまり、夢中で話しかけると娘も言葉少なに返事をしてくれました。
ですが毎日毎日、会話していても、いつも寂しそうで今にも泣き出しそうな表情でした。
私が理由をたずねると、『ここにはお友達がいない』というのです。
仕方なく同じ年頃の少女を市で見つけ、友達としてあの世へ送ってあげようと思ったのです。」
う~~~ん、娘が幼くして亡くなったのは気の毒だけど、『あの世へ送る』って誘拐殺人!するつもりでしょっっ??!!
同情できないな~~~~!
夔鳳鏡が古代の偉い人の墓に副葬品として入れられたからそんな妄想をしたの?
鏡はあの世とこの世をつなぐ道具ってこと?!
若殿も厳しい表情で紀柳を睨み付けたまま
「行方不明になった少女がいる。
この屋敷を調べてもいいか?」
紀柳はオドオドしながら目を泳がせ
「え?ええ。はい。あれ以降、や、やましいことはしてませんから!」
は?
それにしては挙動不審過ぎるっ!!
というわけで紀柳の屋敷を徹底的に調べた。
商売のための中古品と遺跡から出土した?と思われる土器や剣や勾玉や鏡などがあった他に、怪しいところは何もなかった。
使用済みの少女の衣や髢(付け毛)や櫛が置いてある!とかなら十分怪しいが、そういうものも無かったので紀柳は潔白と判断して、我々は紀柳の屋敷を立ち去ることにした。
最後の誘拐犯候補、取蕗の屋敷へ向かう。
若殿によると取蕗は外記局の史生を務める官人で、市で少女に声をかけたところを店主に見られて弾正台に通報されたらしい。
取蕗の屋敷は、庶民が使う長屋で、土間と高床からなる一室が壁を隔てて連なって、長い一軒の建物になったもの。
入り口は別なので、まず一件目の入り口に掛かった御簾越しに中に向かって私が
「取蕗さん、いらっしゃいますか~~~!弾正台の者です!」
と声をかけた。
三件目の入り口から萎烏帽子・水干・括袴姿の二十代半ばの男性が顔を出し
「私が取蕗です。何か御用ですか?」
若殿が素早くその入り口へ近づき御簾を持ち上げ、グイッ!と取蕗を押しのけるようにして、部屋の中に体を滑り込ませた。
土間より高くなってる床には簡素なつくりの文机や棚、櫃や葛籠、盆にのった水瓶と碗、が壁に寄せて置かれてあり、整理整頓された空間だった。
ジロジロと不審なものを探す目つきで部屋をくまなく見回す若殿の剣幕に、取蕗は戸惑った様子で
「どうぞ、おあがりください。」
と我々を室内に上げてくれた。
上がったとたん、若殿が文机に近づき、上にあった茶色いものを掴み
「これは何だっ!!??」
語気を荒げて取蕗の目の前にそれを突きつけた。
それは宇多帝の姫の部屋にあった『笛』と同じもので、鳥の形の、陶器でできた、土色の丸っこい、尾っぽの長いところや、赤い塗料で羽の生えた蛇の模様が描かれてるところもまるっきり同じ。
(その4へつづく)
(*作者注1:元は殷代に信仰された神で、夔龍とも呼ばれる龍神の一種であった。一本足の龍の姿で表され、その姿は鳳と共に夔鳳鏡といった銅鏡等に刻まれた。鳳が熱帯モンスーンを神格化した降雨の神であった様に、夔龍もまた降雨に関わる自然神だったと考えられており、『山海経』にて風雨を招くとされるのもその名残と思われる。後に一本足の牛の姿で表されたのも牛が請雨のために龍神に捧げられた犠牲獣であったためとされている。一本足は天から地上へ落ちる一本の雷を表すともいわれる。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』『夔』)
(*作者注2:中国の古代の銅鏡。向かい合う2羽の鳥をかたどって配した文様がある。後漢から 六朝 時代に用いられ、日本でも前期の古墳から少数が出土。)




