供犠の雨乞い(くぎのあまごい) その1~竹丸、雨乞いの儀式を知る~
【あらすじ:少雨にあえぐ人々のために、朝廷を挙げて雨乞いの儀式が行われているある日、時平さまは大事な姫から不穏な文を受け取った。
姫の身に危険が迫ると心配するあまり、冷静な判断力を失った時平さまは、有り余る行動力で誘拐犯の有力候補を尋問するけど、思うような手ごたえはない。
龍と鳳凰はどこの世界でも共通の『聖獣』なのには何か理由があるの?
私は今日も『出来過ぎの偶然!』に魅せられる!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりで、好奇心と食への執着がちょっとだけ強い男子だ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本随一の『権勢』と『色好み』を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従・・・じゃなくて従者である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、理性のタガが外れて焦り散らかし、せっかくの雰囲気美男子が台無し!
従者としては、からかい甲斐があるから、真面目一徹の主よりはマシ?
今回は、生贄の獣は儀式のあと、基本的に『食した』と知って、「え?人も?」と唖然としたお話・・・・でもないです。
雨が降らない日が三か月近く続き、葉が茶色く枯れた野菜が畑を埋め尽くすある日の午後のこと。
朝政から帰宅し、宇多帝の姫に会うために宇多帝の別邸へ向かう道中を、二人で並んで歩いてると若殿がボソッと
「知ってるか?
日照りが続き農作物に影響が出そうだから、朝廷は五日前から神泉苑で雨乞いの儀式を執り行っている。」
へぇ~~~!!
天の神様?に雨が降るようにお祈りするのっ??!!
どうやって?!
巫女が舞うの?!
と興味津々で目を輝かせて
「雨乞いの儀式ってどんなことをするんですか?!」
若殿が無関心な口調で
「雨乞いの儀式とは、神泉苑において東寺の高僧たちが『請雨法』による祈祷を執り行うことだ。
池の北側に、大きな仮屋を建て中に修法壇をいくつか設け、四天王や八大竜王の幡をたて、主尊として孔雀明王の図像を懸ける。
その修法壇で東寺の僧都が『請雨経法』を修し、『仁王経』や『雨宝陀羅尼経』講じる。
一日目は帝の臨幸があったので私も参加したが、それ以降は僧たちに任せている。」
ん?と疑問がわき、
「五日目ってことは雨が降るまで儀式をやるんですか?
帝はなぜ一日目だけお出ましになったんですか?」
若殿は頷き
「そうだ。
かの有名な天長元年(824年)の『善女龍王』が現れた弘法大師の祈祷は、雨が降るまで七日間かかったらしい。
帝がお出ましになる理由は、天皇には国家鎮護の声を神に届ける能力があると信じられ、祈雨もまた古来より天皇自らが天津神・国津神に祈ることによって行われたからだ。
『日本書紀』には
『皇極紀元年(642年)のこと。
七月に蘇我蝦夷が雨乞いのため百済大寺で「大乗経」を輪読させたが、微雨のみで効果が無かった。
八月に皇極天皇が南淵の河上においでになり、跪いて四方を拝むと、雷が鳴り大雨が降り天下が潤った。』
という記述がある。
今回もいよいよ雨が降らないとなると、最後は帝のお力をお頼み申し上げることになるかもしれない。」
『最後は』っていつ??!!
七日目?
ひと月後?
雨が降らなかったら帝が跪拝?するの??!!
そもそも雨はどれくらい降ったら『雨乞い成功!』なの?!
半刻(1時間)?三日間?
曖昧な目標の儀式にモヤモヤしつつ歩いてると、若殿が袂から一枚の紙を取り出し、
「昨日こんな文が浄見から届いたんだ。
どういう意味だと思う?」
手渡してくれたので読んでみると
『にいさま、きよみは こわいゆめをみました。
子どもたちが、とがった石でくびをきられて、ちをたくさんながしていました。
おとなたちはそれをみても、たすけませんでした。』
と書いてあった。
う~~ん、と一瞬考え
「姫ってたまに、未来の出来事を夢に見るんですよね?
ということは子供たちが尖った石で首を切られる事件が、これからどこかで起きるってことですかね?」
文を返すと若殿が深刻な表情で袂にしまいながらウンと頷き
「お前も子供たちがこのあと誘拐され襲われるという意味だと思うか?
私が恐れるのは、襲われる子供たちの中に浄見が含まれるという事態だ。
だから一刻も早く浄見の無事を確かめたい。
急ぐぞ!」
そう言うと、小走りでついていくのがやっとなくらい歩く速度を上げた。
宇多帝の別邸に到着すると、姫の住居になってる北の対へわき目もふらず訪れた若殿と私は、いつもと違う静けさに違和感を覚えた。
北の対はいつものように文机の上や下、床のそこらじゅうに絵巻物や書、筆や料紙、笛や琴、双六盤や白・黒の石など、出しっぱなしの姫の持ち物が散らかってたのはいいとして、若殿の気配を察知すると、いつもどこからともなく飛んでくる姫の姿がどこにもない。
若殿は北の対の塗籠にはじまり、衝立や屏風や几帳の後ろを一つ一つ確認して、姫が眠り込んでいないかを探してたけど見当たらず、
「どこへ行ったんだ?乳母やは?世話係の侍女まで?どこにいるんだ?」
ひとりごとっぽく見せかけた私への『指令』だと受け取り、気を利かせた私は侍所に駆けつけて雑色に話を聞いたり、厨で料理人に話を聞いたり、門番に話を聞いたりした。
使用人全てを束ねる使用人頭の役目は乳母やが果たしてるので彼女がいないことにはどうにもならない。
一通り話を聞き終え、北の対に戻り若殿に報告する。
「まず、侍所の雑色や門番によると、
『自分たちは昼勤めで、朝、出勤してきて仕事について以降は、姫、乳母、侍女の姿は見ていない。
夜勤めの者たちなら何か知ってるかもしれない』
そうです。
厨の料理人は、昨日の段階で乳母から
『明日は夕餉の準備だけでいい』
と言われたそうです。
ということは朝から三人でどこかへ出かけたんじゃないでしょうか?」
若殿が不機嫌そうに眉をひそめ
「私に何も知らせずに?
あり得ないっ!!
不審者におびき出され、誘拐されたのかもしれないっ!!
竹丸っ!弾正台に行くぞっ!
少女誘拐事件が発生してないかを調べるんだっ!」
えっ??!!
ウソでしょっ??!!
ここで待ってれば夕餉に間に合うように戻ってくるんじゃないのっ??!!
過剰反応?な気もするけど、やっかいで残念な主でも命令は絶対なので、渋々従うことにした。
そう言えば『子どもたちが血をながす』とか姫の不穏な予知夢もあるしと一応心配になる。
北の対を離れる直前、もう一度ぐるりと見渡した若殿が、文机の上の笛に目を止め、近づいて手に取りいぶかしげに見つめる。
(その2へつづく)




