不老の唐衣(ふろうのからごろも) その1
【あらすじ:抜けるように白い肌で人間離れした不老の美丈夫の貴族のお屋敷は、珍しいもので満ち溢れた、まるで異界。その貴族がガラの悪い連中に銭を不当に要求されて困っている事件の解決を時平様が任された。永遠の若さと美には何か秘密があるのか?時平様は今日もキッチリ片づける。
】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は美と若さの追及は永遠のテーマ?というお話。
ある日、大殿に呼び出された若殿は
「長岑小名という貴族がな、ガラの悪い連中に銭を無心されて困っておるそうなのだ。お前が対処してくれんか?」
と大殿に尋ねられ、若殿は驚いて
「なぜですか?何の問題があって、長岑小名殿はそんな連中に銭を要求されたんですか?そしてなぜ私が対処するのですか?」
大殿は少しためらって
「実はな、長岑小名は主上の特別な用向きを扱っておってな、事をおおやけにせず穏便に解決してほしいとの事でな。わしが動くわけにもいかんし、お前が適任だ。」
私は奥歯に物が挟まったような大殿の言い方に、興味をそそられたので若殿はぜひとも何も言わず引き受けてほしいなぁと思っていると、若殿が
「私が知っても差し支えない秘密ということですか?」
「・・・まぁそれは仕方がないからな。やってくれるか?」
「承知しました。」
というわけで、私は若殿のお供で長岑小名様の屋敷を訪れることになった。
長岑小名様の父君・長岑高名様は遣唐使(朝廷が唐に派遣した使節。 目的は国際情勢を知り,大陸文化を輸入することが主。)として唐に渡って帰ってきたお方で、長岑小名様の屋敷は何となく異国情緒。
若殿は出居に通されたが、私は屋敷を探索したくてウズウズしたので、侍所でウロウロして、誰かを見つけてできれば、案内してもらおうと思った。
侍所には護衛の大人が数人いたが話しかける勇気がなく案内もしてくれないだろうと思ったので躊躇していると、そこへ童姿の私くらいの年齢の少年が現れたのですかさず
「ねぇ!君!ここの使用人ですか?」
その童は下げ髪で括袴に水干を着籠めていて、涼しげな眼と筋の通った鼻、とここまでは子供らしくないが、頬は子供らしく丸みを帯びている。
一目で心惹かれる美しい顔立ちで、上品な佇まいもただものではない感じ。
変わったところと言えば、衣の生地が今までに見たこともなく、紗のように下が透けて見えるようでいて、光沢もしっかりある不思議な織物だ。
それと人間離れした肌の色の白さは静脈が透けて見えるぐらいの透明感だった。
その童が
「私は長岑茂知丸だ。君は?」
「私は藤原時平様の一の従者、竹丸です。あのう、このお屋敷は珍しいものがたくさんありますよね?よかったら中を見せてもらいたいんですが。」
と単刀直入に言ってみた。
長岑茂知丸は無表情で
「いいよ。」
とだけ言ってくるりと踵を返して立ち去ろうとするので、私は『ついてこいという意味かしら?』と戸惑いながらついていった。
長岑茂知丸が足早に庭の方へ歩くので私も小走りでついていくと、普通の邸宅とは違って、さまざまな変わった種類の木や花が窮屈に植えられているので、森に迷い込んだような錯覚を覚えた。
葉に厚みがあって、縁がとげとげになってる腰ぐらいの高さまである見たこともない植物や、たくさんの細い指が生えた手のような形の葉っぱが一番上から生えている木や、甘い匂いのする白い大きな花が咲いた木など珍しい植物にすっかり心を奪われた。
植物に夢中になってキョロキョロしていると
「わっ!」
と突然、目の前に出された指の上には、上半身がカマキリで、下半身がスズメバチという嘘みたいに凶暴そうな虫が乗っていて私は思わず
「ぎゃっ!!」
と体をのけ反らした。
スズメバチだとしたら刺されて死ぬこともあるし、カマキリなら攻撃的だしナニコレ!怖いな~~!と思っていると、長岑茂知丸はクスクスと笑って
「大丈夫だよ。刺さないから」
と言ったが私は触りたいとは思わなかった。
「それにしても変わった動植物がたくさんですね!」
と感心すると、
「もっといいものを見せてあげるよ!」
と森の奥にある厩舎に案内された。
数頭の馬が飼葉をはんでいる中、ひときわ小さく、頭が私と同じぐらいの位置にある耳が長い、脚の短いずんぐりむっくりの馬がいる。
「これは何ですか?馬みたいだけどちょっと違いますね?」
「これはロバと馬の混血した馬だよ」
「混血って何ですか?」
「母親がロバで父親が馬ってことだよ」
私は種類の違う動物が結婚して子供が生まれることに驚いて
「じゃあさっきのスズメバチとカマキリも混血したんですか!」
というと長岑茂知丸は意味深にほほ笑んで
「さあね。」
と言ってまたどこかへいってしまった。
ぽつんと一人で取り残されたので、自由に屋敷を探検することにした。
『それにしても、変わった屋敷だしそこに住む人間もちょっと変わってる』と思いながら。
湯殿か厨だと思われる小屋の横には、私が三人ぐらいすっぽり収まる大きい水瓶や、抱えられるぐらいの大きさの水瓶や蓋の付いた壺がたくさん並んでいた。
ちょっとした好奇心で壺の蓋を開けてみると、内側には赤黒い液体がべっとりとくっついて底には膜のようなものが血だまりの中に浮いていたので、
「ぎゃっ!」
と本日二度目の『ぎゃっ!』がでて、急いで蓋をし、見てはいけないものかしらと警戒して辺りを見回したが誰にも見られていないようだ。
私たち藤原家の使用人もごくたまに狩った鹿や猪など獣肉を食べるが、その血を取っておいて後で何かに使う事はあまりない。
何より蓋を開けたとき、血なまぐさい匂いが鼻をついて、ぞっと背筋に寒気がした。
奇妙な昆虫や変わった動物、珍しい織物でできた衣、そして、何に使う何の血だろう?とこの屋敷にまつわる謎が増えた。
(その2へつづく)