黄昏の八咫烏(たそがれのやたがらす) 前編
【あらすじ:いつの世も盛者は必衰。
刑部大輔邸で起こった事件で濡れ衣を着せられた私を、時平様は今日もサラッと救い出す。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、過去のスターも今は昔というお話。
ある日、大殿から
「この文を刑部大輔橘春行殿の屋敷に持っていくように」
「差し出し人は?誰からといえばいいんですか?」
「もちろん、太郎(長男の呼び名)から刑部の輔殿の一の姫にあてたものだ。」
「えっ!若殿が女性に文を書いたんですか!?」
何てことだ!宇多帝の姫以外に若殿が文を書くなんてっ!
珍しいこともあるもんだな~~と思ったが、
「もちろん、歌心のある侍女の代筆だ。」
まだ大殿は若殿の縁談を取り持つことに飽きてないよう。
だけど、父君が刑部大輔という身分では若殿には物足りないのでは?と思っていると
「橘春行殿は蹴鞠の名足でな。彼のプレーは我々をすっかり魅了したのだよ。その姫なら間違いない。」
と大殿は昔を懐かしむ目をし、その目を少し輝かせた。
私はこうして刑部大輔橘春行様の屋敷に来た。
来るなり、侍女につかまって
「お前だね!ご主人様の大事な三彩皿を割ったのは!」
と耳を引っ張られて庭に連れていかれ、正座させられた。
私の隣には私と似たような雑色姿で背格好も同じくらいの少年がすでに正座させられていた。
辺りを見回すと、主殿(主のへや)にある、厨子棚の上から落ちたと思われる皿の破片が房の中から廊下にまで散らばっている。
皿の破片のそばには使い古されたボロボロの蹴鞠の鞠が落ちていた。
なるほど、私は鞠を蹴って皿を割った犯人だと思われているのか。
と納得したが私は無実。
となると当然となりのこいつが犯人だ!
私とこいつの姿形、衣の色まで同じなもんだからどちらが犯人かを決めかねているよう。
「あの~~私は今この屋敷についたばかりで何のことか全くわかりません」
と私が言うと
「私も先ほど、文を届けにここについたばかりで、なぜ正座させられているのかさっぱりです」
ととなりの奴も言う。
侍女が声をかけると、主殿の奥から主である橘春行様がでてきて
「まずはそれぞれ名乗りなさい」
「私は関白家の太郎君・藤原時平様の一の侍従、竹丸です!」
えへんとばかり、これ見よがしに若殿の名を振りかざした。
権力に弱い公卿ならこれで一発でビビる。
威を借る虎は強いほうがいい。
そんなことには誰も気に留めず、
「私は技丸といいます。ある貴族の侍従です。名は公にはできませんが、文には書いてあります。」
ととなりのやつが名乗った。
橘様は五十ぐらいのほぼ白髪、細身だが筋肉質のすらりとしたおじさん。
怒るというよりも草臥れたと言った表情で
「二人とも文を持ってきたのだね?それはいいが、どちらかが厨子棚にあった皿を割ったことは明らかだ。」
「私が鞠を蹴る後姿を見ていましたから」
と先ほどの侍女が言う。
「四半刻(30分)ほど前、庭の手入れをしているときに、木の陰からあなたたちぐらいの少年が蹴鞠の練習をしているのを見ていると、蹴った鞠が飛んで三彩皿に当たったのよ!」
とギロっと私たち二人をにらむ。
「どうしてその時捕まえないんですか?」
私は素直な疑問を口にした。
「すぐに捕まえようと近づいたら、東中門へ走って逃げたのよ!慌てて割れた皿を確認してると、ノコノコ東中門から入ってきたのがあんたたち二人でしょ!」
「犯人はそのまま逃げたんじゃないですか?東中門を通って東門から外へ。」
と技丸が言う。
「そうだそうだ。」
私も小さくつぶやく。
「いいえ。東門には壁の補修をしてた職人がいたはずだから、外に出たなら見てるはず。彼の証言では四半刻前から今まで、見たのは東門から中に入る少年一人と言ってたわ。」
と侍女。
「ということは、四半刻前より以前にこの屋敷に入り、蹴鞠をして皿を割ったあと、東中門へ逃げ、東中門と東門の間に潜み、しばらくして再び庭に現れたのが犯人ですね。」
と技丸は得意げに経緯をまとめる。
「私は今来たところだからお前だろ!」
と私は技丸をにらむ。
「私こそ今ついたばかりだ!お前が犯人だ!」
醜い罪の擦り付け合いに辟易した橘春行様は
「どちらか犯人が白状するまで、そこで正座していなさい。」
と私たちを正座させてかれこれ一刻(2時間)。
はじめは砂利が脛にくいこみ痛くてたまらなかったが、今は痺れて何も感じない。
・・・立ち上がるときはきっと地獄。
いつ終わるともしれない拷問に疲れ切って、いっそ犯してもない罪を認めようかしら?と心が折れかけたとき、時平様が雑色姿で現れた。
「私は関白家の使用人の平次というものです。こちらに竹丸という者が参ったと思うのですが。帰りが遅いので様子を見に来ました。」
と主殿で私たち二人を見張っている橘様にあいさつした。
私は
『救いの神~~~っ!』
と若殿に抱きつこうとしたが足が痺れて動けない。
というか少し足を動かそうとしただけでジンジン痛みが突き刺さる。
「そうですか。実はこういうことがあって・・・」
と橘様が若殿に今までの経緯を話すと、若殿は少し考えて
「文箱の中身を確認させてもらえますか?文の内容は読みません。」
橘殿は不思議そうな顔をしたが、
「いいでしょう」
文箱の中身を確認した若殿は、ニヤリと笑って
「少なくともどちらの少年が先にこの屋敷に来たかはわかりました。」
と言った。
若殿は続けて侍女に向かって
「あなたは少年が蹴鞠をする姿を見たと言いましたね?」
「ええ。かなり上手で、何回も鞠を落とさず蹴り上げてました。」
若殿は少し考えて
「何回ぐらい落とさず蹴り上げてましたか?」
「さぁ・・・?数えていないので自信はありませんが十回はできてたと思います。」
若殿は侍女に何やら耳打ちし、橘殿には
「二人に蹴鞠で落とさずに蹴る回数を競わせてもよろしいですか?」
「それで犯人が分かるなら、いいでしょう。」
私は蹴鞠は少し自信があったが、十回となると雲行きが怪しかった。
それにしても、上手なところを侍女に見られたなら、疑われないように犯人はわざと下手に蹴るだろう。
若殿は何を調べようというのだ?
「どちらかが先に十回落とさず蹴り上げるまで続けてくれ。はじめ!」
の声とともに私と技丸は鞠を蹴り上げ始めた。
私は頑張っても鞠を落とさず蹴れるのはせいぜい五回だったが、技丸は七回ぐらい蹴り上げた後、私のほうを見てわざと鞠を落としたように見えた。
落とした鞠を私は手で拾うが、技丸はつま先を鞠の下に差し込んでうまく蹴り上げた。
当然、技丸の方が先に十回に達すると思ったのに、なかなか達せず、私が作法も蹴り方も無視して死に物狂いで鞠を追いかけ
「・・・、九回、十回っーー!!」
とやっと十回を達成した!ふぅーーっ!
「よし、ご苦労。侍女殿?よく見ましたか?」
「はい。」
「ではあなたが見た、鞠で皿を割った犯人を教えてください」
「それは・・・」
(後編へつづく)