催涙の客人(さいるいのまろうど) 後編
その客は構わず続ける
『不思議なのはここからです。
丑三郎は都について、自分の父母に波多里姫と暮らす許しをもらって、波多里姫の家族にも挨拶しようと波多里姫が以前働いていた機織り工房を訪ねた。
機織り工房の親方が出てきて不憫そうな顔をして
「波多里姫は、残念なことに・・・一年前に流行り病で亡くなってしまった。よかったらお墓に案内してやろう。」
と言われ、お墓に参ったときの丑三郎の驚きったら・・・!
「本当に波多里姫の墓がある!じゃあ一緒に共寝したあの波多里姫は誰なんだ?波多里姫になりすました別人か?狐か狸が化かしたのか?それともこの世に未練を残した波多里姫の幽霊なのか?」
と丑三郎は呆然として立ち尽くした。
丑三郎が親方に波多里姫と一晩、共寝したことを話すと親方は
「波多里姫は最後に一目、あんたに会いたいと言って死んだから、未練が残って成仏できず、あんたが帰る途中の場所でまっていたのかもな。」
と言った。
』
客が私に向かって話しかけ
「波多里姫が住んでいた家は川を渡ったところにあっただろう?だからあれは・・・」
というので、
「もしかして、三途の川だったんですか?!」
と私。
客はうなずいて
「そう。あの時、濃い霧のせいといって丑三郎があそこで長逗留しちまったら、丑三郎は今頃この世にいなかったかもしれない。」
というので私は、三途の川を渡った人が戻ってこれた話にすっかり感心して
「へぇ~~~!もう少しで!危なかったんですねぇ!でも波多里姫は丑三郎に早く川を渡らせて、この世に戻そうとしたんでしょう?という事は波多里姫は丑三郎のことを、本当に愛していたんですね。
一緒にあの世で暮らすこともできたのに。」
とあったかい気持ちになった。
客は今度は若殿に向かって
「そうそう!その丑三郎が波多里姫の家に泊まった時、記念にと、譲り受けた絵巻物ってのがあるんです。見ますか?」
私は興奮して
「見たい!見たいです!」
客が持ってきた風呂敷包みを解いて一本の絵巻物を取り出し、私たちの前に開くと、墨の濃淡で川と川を挟んだ両岸に立って見つめ合う男女の絵姿が描いてあった。
女の後方に描いてある家の中には機織り機があり、男は牛を引いていた。
「これは織女と牽牛ですよね?」
と私がきくと、客は目を丸くしてよくぞ聞いてくれた!信じられない!という感じで首を横にふりながら
「はぁ~~~っ!これがまったく不思議な事に、丑三郎が波多里姫から譲り受けたときには男女の絵姿なんてこれっぽっちもなかったらしい。
丑三郎が私に見せてくれる時に急に浮かび上がったというんだ!とても驚いていたよ。」
と興奮して上ずった声で説明する。
私も
「えぇっ!すごいですね!」
と驚いて
「どういう事なんでしょう?不思議な事もあるもんですねぇ」
と絵巻物をまじまじと見つめたが、『浮かび上がる絵の謎』の原因なんて何も思いつかなかった。
私は絵巻物を見つめながら
「三途の川で恋人を待ってた幽霊かもしれない波多里姫といい、その波多里姫から不思議な絵巻物をもらった丑三郎といい、本当に立て続けに奇妙な事って起こるんですねぇ~~~。」
としみじみと感慨にふけっていると、客は若殿の顔いろをチラチラと伺っている。
客は若殿と目が合うと『へへへ』と愛想笑いを浮かべる。
若殿は今まで一言も言葉を発しなかったがここではじめて、
「で、結局、これをいくらで買ってほしいんだ?」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
題名を「催涙の商人」としたら即ネタバレなので、客人にしてみました!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。