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催涙の客人(さいるいのまろうど) 前編

【あらすじ:織姫と彦星が一年で一日だけで会える七夕の日に降る催涙雨。

大奥様の客人は男女の不思議な話をする人だが、その思惑を時平様は今日もズバッと言い当てる。】

私の名前は竹丸。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭・藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

歳は十になったばかりだ。


 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿(わかとの)は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は男女がいるところには物語ありということで。

  ある日、私は大奥(おおおく)様から

「私が化粧する間、お客様のお相手をするよう太郎に頼んでおくれ」

と言われたので、出居(いでい)で待つ客の元へ若殿(わかとの)をやり、自分は白湯と菓子のいちじくを用意して運んだ。

私が給仕していると、若殿(わかとの)

「竹丸もここで話を聞いてごらん。面白そうだから」

というので、客を見ると水干(すいかん)をきた四十半ばくらいの、目じりに(しわ)は多いが、人のよさそうなおじさんがにっこりと微笑んで、

「では、もう一回最初から話そう。」

と言った。

私が若殿(わかとの)の隣に座り込むと、客が話し始めた。


 『ある飲み屋で隣に座った男の話なんですがね、その男はある貴族の雑色をしていて丑三郎(ちゅうさぶろう)という名です。

丑三郎(ちゅうさぶろう)の主人がある地方の国司に任命され京を離れることになったんですが、丑三郎(ちゅうさぶろう)には京に波多里姫(はたりめ)という織子(おりこ)(機織りをする職人)をしている恋人がいたんです。

丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)と将来結婚しようと誓いあった仲で、丑三郎(ちゅうさぶろう)に銭がなく波多里姫(はたりめ)に養ってもらった時期もあったぐらい、丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)は仲睦まじくしていたんです。

それが、丑三郎(ちゅうさぶろう)遠国(えんごく)にいってしまって主人の任期が終わるまで帰ってこれないとなると、

「もう会えないかもしれないから、俺のことは忘れてくれ。新しい恋人を見つけて幸せになってくれ」

「いいえ。私にはあなたしかいないわ。あなたの帰りをずっと待ちます。」

 丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)を連れていくほど生活に余裕はなかったので波多里姫(はたりめ)の事はすっぱりあきらめた。』


 私は『波多里姫(はたりめ)は待つと言ってるし、任期はせいぜい六年でしょう?その間待ってくれとも言えない丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)と別れたかったのでは?』と茶々を入れたくなったが我慢。

客が続ける。

丑三郎(ちゅうさぶろう)は主人の任国で、そつなく仕事をこなし、主人の任期が終わるのに従って京に帰ることになった。

京まであと一週間でつくというある場所で、丑三郎(ちゅうさぶろう)は小さな川にさしかかり何気なく向こう岸に目をやると、見覚えのある女が立っている。

よく見ると、姿形が波多里姫(はたりめ)にそっくりだ。

丑三郎(ちゅうさぶろう)はその女に手を振ると、向こうも振り返す。

丑三郎(ちゅうさぶろう)は思いがけず波多里姫(はたりめ)に出会えた嬉しさで、浅い川だったこともあり、ざぶざぶと(はかま)の裾を濡らしながら川を渡って波多里姫(はたりめ)の元へいった。

近くで見るとやっぱりその女は波多里姫(はたりめ)だった。

丑三郎(ちゅうさぶろう)

「お前!会いたかったよ!俺を待ちきれずここまで迎えに来たのかい?」

丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)に京に帰ることを知らせたわけではなかったが、波多里姫(はたりめ)が迎えに来たことに疑問を持たなかった。

波多里姫(はたりめ)は優しく微笑んで首を横に振ると

「いいえ。私はここに住んでいるのです。」

丑三郎(ちゅうさぶろう)は驚いたが、その日は波多里姫(はたりめ)の家に泊まることにした。

丑三郎(ちゅうさぶろう)いわく、波多里姫(はたりめ)の家はこざっぱりとして、キチンと片付いており、几帳や机などの調度品も値が張りそうなものばかりで結構な暮らしぶりだと思った。

家の奥には機織り機があり、波多里姫(はたりめ)は機織りで生計を立てているのだと思った。

机の上に果物が高く盛り付けてあり、5色をより合わせた糸を通してある金の針と、銀の針がありヒサギの葉に刺してあった。

丑三郎(ちゅうさぶろう)は機織りの神様を祭ったお供えだと思った。

家の中は絶え間なく焚き続けているかのような香の煙が息苦しいほど充満していた。』


私は

『そのお供え方は、七夕の夜に宮中で行われる、織女に対して手芸上達を願う祭りである乞巧奠(きこうでん)にそっくりだなぁ』

と思った。


波多里姫(はたりめ)の豊かな暮らしぶりに、ぽかんと口を開けて驚いている丑三郎(ちゅうさぶろう)を見て、波多里姫(はたりめ)

「素敵な絵があるの」

と、ちょうど家の前に流れているような川を描いた絵巻物をみせてくれた。

丑三郎(ちゅうさぶろう)はその絵巻物もそうだが、その他、波多里姫(はたりめ)の家にそろっているすべてのものを見て、波多里姫(はたりめ)が羨ましくなり、波多里姫(はたりめ)のことも忘れ難いと思っていたから

「俺も一緒にここで暮らそうかなぁ」

とポツリと呟いた。

波多里姫(はたりめ)はその時はただ微笑んで丑三郎(ちゅうさぶろう)を見つめ何も言わなかった。

その晩は丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)は久しぶりの再会を喜び、お互いまだ独身だったこともあり、ずいぶん親しく過ごしたらしい。

翌朝、起きてみると家の前の川には濃い霧が立ち込めている。

丑三郎(ちゅうさぶろう)は霧で足元が見えない中で川を渡るのは危険だと思い、もうちょっと波多里姫(はたりめ)の家に逗留(とうりゅう)しようかと

「もう二・三日、ここにいたいなぁ・・・いいだろう?」

というと波多里姫(はたりめ)は顔色を変え、怒って声を荒げ

「ダメよ!そんなことは許されないわ!あなたには都に大事な父母兄弟がいるでしょう!ここにいては絶対にダメ!」

と強く言う。

丑三郎(ちゅうさぶろう)は『波多里姫(はたりめ)は隠しているが、既に新しい恋人がいて、そいつが帰ってくるから俺を追い出したがっているんだ』と感じた。

丑三郎(ちゅうさぶろう)波多里姫(はたりめ)と再び別れなければならないことが急に寂しく、身が引き裂かれるように悲しく思い

「俺が嫌いになったなら、そう言ってくれ。お前のことをきっぱりとあきらめるから。」

波多里姫(はたりめ)丑三郎(ちゅうさぶろう)を愛おしそうに見つめ

「私だってあなたと離れるのは嫌だわ。あなたのことは今でも愛しています。

私を残して赴任先に出かけたときは恨めしく思ったこともあったけれど、あなたのことを忘れた日は一日だってありません。」

と言って涙を流した。

丑三郎(ちゅうさぶろう)

「じゃあ、俺はお前とここで暮らそう!都にいる父母にその許しを得たら、またここに戻ってくるよ!」

というと、波多里姫(はたりめ)は涙にぬれた顔で弱々しく微笑み、ゆっくりとうなずいた。

丑三郎(ちゅうさぶろう)が霧が濃いから晴れるまで待っていようかというと、波多里姫(はたりめ)はなぜか()かして無理やり丑三郎(ちゅうさぶろう)に川を渡らせようとした。

丑三郎(ちゅうさぶろう)はしぶしぶ足元を気にしながら、注意深く川を渡り、都に戻った。

 私はどこかで聞いたようなよくある話じゃないのかなぁ?と思いながらぼんやりと聞いていた。

若殿(わかとの)の顔を見ると同じように既視感(デジャヴ)に襲われているようであくびが出そうな顔をしている。

(後編へ続く)


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